蟻通神社
現在の場所は第二次世界大戦中に陸軍飛行場建設のために移転させられたところですが、もともとは熊野街道沿いに鎮座していたようです。蟻通神社の名前の由来となった「蟻通伝説」には熊野詣や玉津島参詣の人々が多く蟻の行列のようだったと記されています。しかし今は全くその面影もなく、能の宮守が「神は宜禰が習わしとこそ申すに、宮守一人もなきことよ」と嘆くと同様、閑散としていました。
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