粟谷能の会
粟谷能の会  »  写真探訪 Welcome to 粟谷能の会. [Login] [Register]


アルバムトップ : 写真探訪 :  Total:50

並び替え:  タイトル () 日時 () 評価 () ヒット数 ()
現在の並び順: ヒット数 (低→高)

1 番〜 10 番を表示 (全 50 枚)(1) 2 3 4 5 »



「奈良 一日ひとり旅」 

「奈良 一日ひとり旅」 高ヒット
投稿者akio_dakio_d さんの画像をもっと!   前回更新2008-10-17 11:05
ヒット数4436  コメント数6    0.00 (投票数 0)0.00 (投票数 0)
平成20年10月2日、大倉会大阪公演を終えて大阪大学謡曲部の稽古まで一日時間が空いたので奈良へ出かけました。

下調べを一切せずにぶらりと、ひとり旅です。
大阪難波駅から近鉄奈良駅まで、急行に乗車し40分で到着、行基上人像の前からタクシーに乗り「法華寺まで!」と行き先を言うと即座に「新大宮で降りたほうがよかったですね」言われました。やはり下調べは必要です。出だしから無駄足となりました。

法華寺は光明皇后(聖武天皇の皇后)のお姿を映した、と言われている本尊・十一面観音立像が有名で特に光背が特殊で面白いお姿です。是非一度見たくて出向きましたが、日頃はお前立ちしか見られません。毎年10月25日〜11月10日までが特別御開扉で本物が拝見出来ます。境内はきれいに整備され、光明皇后が民のためにと作られた浴室(からふろ)や井戸は庭園(有料)にあります。

法華寺のすぐ隣には海龍王寺があり、こちらも本尊は十一面観音菩薩です。
この寺は応仁の乱や慶長の地震のため壊滅的な打撃を受け、明治時代に入ると廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の影響を受け多数の什器を失いました。いまもやや荒廃した感がありますが、それがまた古い歴史を感じさせてくれます。

佐保路三尊(法華寺、海龍王寺、不退寺)を見比べるために、何回か拝観している不退寺にもタクシーで5分程度なのでお参りしてきました。
ここは能『井筒』の在原業平ゆかりの寺です。業平寺とも呼ばれ、別名、南都花の古寺といわれるだけあって、本堂の周りには四季いろいろな花が咲きます。
本尊は聖観世音菩薩立像で、業平自身の作です。耳の上で結んだ大きなリボン(冠飾)が珍しい立像です。

奈良と言えば、東大寺の大仏様が思い浮かびますが、私のお気に入りは戒壇院の四天王、特に広目天のあの目が最高です。また実物が見たくなり立ち寄ってしまいました。

移動中に聖武天皇南陵があり、一時下車して撮影兼お参りをしてきました。

戒壇院の四天王は東大寺内の中門堂から移されたもので、戒壇院にはじめから設置されていた銅造のものは・・・今はありません、とガイドさんの説明でした。
奈良で写真家といえば入江泰吉です。その記念館があることを思い出し、急遽計画を変更して見学に向かいました。
戒壇院からすぐ下におりたところで、運転手さんが「ここがご自宅です」と車を止めて案内して下さり、カシャと一枚撮影。ひっそりと古風な趣のお家でした。
入江泰吉記念奈良市写真美術館の前で車を降りたら、残念! 展示会準備のため休館となっていました。事前に電話しておけば・・・・と、またまた反省。

では次は、今回の謡蹟めぐりです。
21年喜多流自主公演で『雲雀山』を勤めますので、その謡蹟を訪ねてきました。

高林寺(奈良市井上町32)の門碑に「中将姫修道霊場、豊成卿古墳之地」とあります。
高林寺は奈良時代、藤原右大臣豊成卿の屋敷跡に建てられた寺です。
豊成の姫のお一人が中将姫です。この地で誕生し、17歳にて世の無常を悟り出家して当麻寺へ入られるまで、この館で修道に励まれました。その旧跡です。
生憎、豊成・中将姫父子の木像は拝見出来ませんでしたが、豊成卿古墳は本堂の前にあり拝見出来ました。ご覧になりたい方は予め電話しておくことをお薦めします。
場X0742−22−0678 ご住職は稲葉慶信様です。
道一本となり筋に誕生寺と徳融寺(とくゆうじ)があります。
誕生寺は中将姫産井があるのですが、こちらは今回お留守のため拝見出来ませんでした。斜め向かいにある徳融寺には本堂左手に立派な豊成廟(右)その左隣には中将姫の墓があります。

近鉄奈良駅に戻り、時間がまだあったので、西大寺に向かいました。
西大寺は奈良から二駅目、下車すると秋篠寺の字が目に入り、タクシーに「秋篠寺まではおいくら?」と聞くと、「¥740ですわ」と即答。折角ここまで来たのだから・・・伎芸天を見なくてはと思い、直ぐに乗車、秋篠寺に向かいました。

タクシーで7,8分で秋篠寺です。ここは朱印をしないのが残念です。
ここにしかない伎芸天はほんとうに美しいです。
本来のお姿は女性ではないと言われていますが、私はどうしても女性を想像してしまいます。芸能の神といわれているので懇ろにお参りしてきました。

拝観を終えると本日の最終目的地、西大寺の「謡曲百萬の柳」を見て幕を下ろすことにしました。
西大寺駅より徒歩3分の近場にありながら、道が狭いため観光バスが入れず、東の東大寺に対して西の西大寺のはずですが、いまひとつにぎやかさがなく寂しい感がします。これはこれでかえって雰囲気がありよいところです。

本堂のご本尊は釈迦如来ですが、四王堂には巨大な十一面観音立像もあります。
四王堂の前に池があり、『百萬』で謡われる「西の大寺の柳陰、緑子の・・・」の柳が今もあります。百萬はこの池の影に我が子を思い、奈良坂を下りて西大寺、そして清涼寺まで歩いていかれたのです。
では、写真でご紹介します。
こちらをクリック


謡蹟巡り、木曾路の旅

謡蹟巡り、木曾路の旅高ヒット
投稿者akio_dakio_d さんの画像をもっと!   前回更新2004-8-21 9:00
ヒット数4668  コメント数4    0.00 (投票数 0)0.00 (投票数 0)
平成16年7月31日、8月1日と一泊二日で信州木曽路日義村に能『巴』の巴御前の故郷を訪ねる謡蹟巡りをしてきました。
東京よりJR長野新幹線にて長野へ、短い時間ながら善光寺にお参りし、篠ノ井線にて松本、塩尻を経て能『伯母捨』(喜多、金剛二流はこの字、他流は姨捨)の地、冠着山(姨捨山とも)のある姨捨駅で途中下車し長楽寺を訪ねました。姨捨駅は山の中腹にあるため、電車はスイッチバック方式と呼ばれる独特の運転で山を上ります。姨捨駅は電車の行き来も楽しめますが、ホームに降り立ったときの眺望のすばらしさは格別です。駅は無人、警報器もない踏み切りを横切り、先ず小高い姨捨公園で千曲川が流れる善光寺平の景観を堪能しました。公園から急な下り坂を500メートル程おりると長楽寺があります。この下り坂を歩きながら、同行のご高齢の方には帰りの上りがつらいのではと思い、途中で休んで待機されてはと申し上げましたが、皆さま頑張られ「棚田」などの名所を眺めることができました。中秋の名月ならばさぞ美しい景色でしょうが、この猛暑の中、汗を拭き拭き暑い暑いの姨捨で、それもまたよい想い出となりました。
再び乗車した電車は塩尻駅から中央本線へ入り、我々は日義村の宮ノ越駅で下車し、いよいよ今回の謡跡巡りのメインとなる『巴』や『兼平』そして喜多流にはない『木曾』にまつわるところをまわりました。
日義村は朝日将軍木曾義仲公の朝日の日と義仲の義をとり命名されるほど義仲贔屓の地で、義仲なくしては語れないほど、地元の人々に愛されています。宮ノ越駅からすぐ近くに木曾義仲の資料館「義仲館」があります。館のすぐ隣には義仲や巴そして家来達の墓がある「徳音寺」があり、山吹山に戻るように車を走らせると、巴御前が髪を洗ったと言われる「巴ヶ淵」があります。ここで参加者全員が『巴』を謡って供養し、義仲挙兵の地「南宮神社」と「旗挙八幡宮」にお参りし、最後に義仲の養父中原兼遠の墓のある「林昌寺」にもお参りしました。
宿泊地「駒の湯」は義仲が駒王丸と言われた若かりし頃、このあたりまで馬を乗り回していたであろうといわれるところで、静かな温泉地です。
翌日はこちらにも義仲の墓があるといわれる「興禅寺」にお参りし、能には関係ありませんが、江戸期に重要な役割を果たした山村代官屋敷跡を拝観しました。そして『兼平』『土車』に謡われる昔は難所の名所であった「木曽の棧」を見学し、喜多流にはない『寝覚』の舞台となる「寝覚の床」の景観を楽しみました。最後は上松(あげまつ)駅より南木曽(なぎそ)駅に移動し、妻籠宿を散策してこの旅を終えました。
涼しい、清々しい木曾路の旅を想像していましたが、今年の暑さは格別で、かなり疲れる旅となりました。それでも朝夕は気持ち良く、旅の疲れは同行の明生会社中の方々と温泉につかりながら・・・ということで、楽しい旅となりました。
詳しくはこちらをクリック


「天橋立と成相寺の旅」

「天橋立と成相寺の旅」高ヒット
投稿者akio_dakio_d さんの画像をもっと!   前回更新2006-9-13 22:42
ヒット数4784  コメント数4    0.00 (投票数 0)0.00 (投票数 0)
「天橋立と成相寺の旅」
平成18年7月29日、30日(一泊二日)に明生会有志会員9名と日本三景の一つ「天橋立」や京都の謡蹟めぐりなど、観光して来ました。
初日は生憎のお天気で、曇り空から雨になり傘をさしての拝観となりました。
二日目は快晴、京都では30度を越える猛暑となり、飛び入りで誠心院・誓願寺の謡蹟を尋ねることにして、午後からは予定通り国立博物館の「美のかけはし」展と三十三間堂を拝観してこの旅を無事終えました。

では行程の詳細から。
東京明生会組5人は東京駅から「のぞみ305号」にて、途中名古屋から新城明生会会員4人が合流し、今回の世話役、A・Iさんの待つ京都に向かいます。
京都で全員集合したところで「特急はしだて3号」にて福知山経由で近畿丹後鉄道天橋立駅まで行きます。なんと2時間もかかる行程です。
天橋立駅に到着すると昼食の予約をいれている老舗の宿「対橋楼」の送迎バスがお出迎え。歩いても行ける距離でしたが利用させてもらい、そこで昼食をとって、いよいよ観光開始となりました。

「対橋楼」の前には天橋立運河があり、本土にかかる橋として、全長3,6キロメートル幅20?170メートルの砂州で出来た天橋立があります。この橋は船を通すために橋が回転するので「廻旋橋」と呼ばれています。この辺りは観世流にしかない能『九世戸(くせのと)』の舞台となります。
「対橋楼」の目の前には山門があり、奥には日本三大文殊の一つに数えられる古刹、天橋立知恩寺(橋立文殊)があります。
三大文殊のあとの二つは山形県高畠町の亀岡文殊堂と以前探訪した奈良県桜井市の安部文殊院です。
拝観を終え、すぐ近くの汽船乗り場から遊覧船に乗り、天橋立の全貌を眺めながら、一宮  に渡ります。
船上からの景色を眺めるあたりから急に激しい雨が降り出しましたが、景色は何とか見ることができました。一宮港に着いて、手荷物を本日宿泊する「新風楼」に置かせてもらい、徒歩3分ほどの「元伊勢籠神社」に参拝し、ケーブルカーで「股くぐり」で有名な見晴らし台に登ります。
幸い、この一瞬だけ雨がやみ、記念切手やポスターで見られる絶景が眼下に広がりました。
『盛久』ゆかりの寺、成相寺まではバスで3、4分で急坂を登り到着します。
私は来年予定されている自主公演『盛久』の無事演能を祈願して、会員と記念撮影をしました。その後下山して本日の宿「新風楼」へ。


二日目は
京都に昼までに到着するには天橋立駅9時発の「特急はしだて4号」に乗車しなくてはいけないので、逆算すると、朝一番、7時半発の連絡船に乗らなければなりません。朝早く宿を立ち、船で渡り、橋立あたりを再度ゆっくり散策して時間をつぶし、京都には予定通り12時に到着しました。予約済の錦市場「かね松」の長寿ランチという野菜のみのお昼御飯を戴きました。
食後、謡蹟保存会の立て看板があるところに行きたいという希望があり、相談の結果急遽錦市場近くにある和泉式部の墓として有名な「誠心院」と「誓願寺」に向かい、謡蹟めぐりとなりました。
国立博物館で「美のかけはし」を拝観し、最後は隣の三十三間堂にお参りしてこの旅行を終えました。


それでは写真でご紹介します。
詳しくはこちらをクリック


桜井の庄

桜井の庄高ヒット
投稿者akio_dakio_d さんの画像をもっと!   前回更新2005-8-24 1:12
ヒット数5281  コメント数0    0.00 (投票数 0)0.00 (投票数 0)
 能『鉢木』は佐野源左衛門常世が所領を一族に横領され、上野国佐野に零落して生活しているところに、雪の降る一夜を、諸国廻国の僧(実は北条時頼)に宿を貸し、寒さを凌ぐために秘蔵の盆栽桜、松、梅を伐って火にくべて暖をふるまいます。また常世は僧が時頼とも知らず、「いざというときは馳せ参じる」と鎌倉幕府への忠誠心を語ります。後日、その事実を確かめるために時頼は鎌倉への参集のふれを出し、語った通り痩せ馬に乗って駆けつけた忠誠心あふれる常世に本領の返還と盆栽の木にちなんで梅田、桜井、松井田の三箇の庄を与えたという話です。
ワキの語りに「いで其の時の鉢木は、梅桜松にてありしよな、其の返報に加賀に梅田、越中に桜井、上野に松枝、合わせて三箇の庄、子々孫々に至るまで、相違あらざる自筆の状」とあります。越中の桜井は現在の黒部市三日市です。富山地方鉄道、東三日駅を下車すると、目の前に黒部市民会館があり、その横に「佐野源左衛門常世之遺跡」と書かれた大きな石碑がありました。
今回は黒部市国際文化センター・コラーレの開館10周年記念として「黒部 夏の能・狂言の会」が喜多流と和泉流にて公演されました。コラーレ会館に隣接して能舞台があったのには驚きました。
では写真でご紹介いたします。
詳しくはこちらをクリック


写真探訪、沖縄公演と観光

写真探訪、沖縄公演と観光高ヒット
投稿者akio_dakio_d さんの画像をもっと!   前回更新2004-3-17 9:00
ヒット数5644  コメント数10    0.00 (投票数 0)0.00 (投票数 0)
平成16年2月28日、29日は「国立劇場おきなわ」の開場記念公演として「沖縄の伝統芸能に影響を与えた本土の芸能 能楽」と題し、観世流、喜多流二流の公演が催されました。喜多流は28日、半能『石橋(連獅子)』シテ香川靖嗣、ツレ塩津哲生、29日、能『船弁慶(真の伝)』友枝昭世の番組でした。

28日の喜多流の『石橋』は夜8時頃からの公演のため、昼は喜多流有志でマイクロバスをチャーターして、那覇市内を観光しました。

沖縄みやげ話
今回、食べ物の注文の仕方に驚きました。
普通「トンカツ」と注文したら「トンカツ」一品が出るものですが、沖縄では「トンカツ」といったら「ごはん」と「みそ汁」はセットになっています。
本土の人が、「トンカツ定食」を食べようと、メニューを見たら「トンカツ」としか書かれていないので、お店の人に「トンカツ」と「ごはん」それに「みそ汁」もと注文しました。店の人は少し驚いたようですが、注文した人が大変太っていたので、注文通り、品物を出すことになりました。
さて運ばれてくる品々を見てびっくり!「みそ汁」と「ごはん」が山のように並んだのです。
何故なら、頼んだ「トンカツ」には元々「ごはん」と「みそ汁」があり、本土の「トンカツ定食」にあたります。
しかし太った注文人は、ご丁寧に「ごはん」と「みそ汁」もと注文してしまったから大変です。まず「ごはん」が別に持ってこられ、「みそ汁」も注文したので、「みそ汁」が一つ出てくればよいのですが、「みそ汁」にも「ごはん」が付いているので、運ばれた「ごはん」は3杯となったのです。
つまり注文した人の前には「トンカツ」1つに「みそ汁」2杯、そして「ごはん」3杯が並んだということです。沖縄の「みそ汁」は大どんぶりに盛られてきます。後ほど写真をご覧下さい。
以上はタクシーの運転手さんが市内を説明しながら話してくれた、面白い話でしたが、まさか私たちが同じことを経験するとは思いませんでした。

今回の写真探訪は27日の沖縄入りから28日の那覇市内観光、そして能楽師の舞台裏までをご紹介いたします。

詳しくはこちらをクリック


奈良、京都の旅、15年秋

奈良、京都の旅、15年秋高ヒット
投稿者akio_dakio_d さんの画像をもっと!   前回更新2003-11-12 9:00
ヒット数5755  コメント数6    0.00 (投票数 0)0.00 (投票数 0)
15年の秋の紅葉の時期、今年も謡蹟めぐりに奈良、京都の旅を楽しんできました。
今年の天候は11月に入っても温暖な日が続いたため、京都の紅葉は生憎今一つでしたが、奈良は綺麗な紅葉が始まっていて、特に談山神社の紅葉は期待通り、見事でした。
いつものとおり、謡蹟めぐりを主に動き回る奇妙な旅ですが、今回は同行者に仏像フリーク、仏像大好きの方がいらっしゃったので説明を聞きながら、普通見ない所まで足を延ばし、くたくたになるほど歩き回り堪能してきました。
今回の旅のお目当ては、世阿弥が藤若と名乗っていたときに参勤したと言われている多武峰談山神社への参拝でしたが、スケジュールを組んでいるうちに聖林寺の十一面観音菩薩、浄瑠璃寺や岩船寺など、なかなか行けないところにも足を延ばしたくなり、また幾度と行っている、『頼政』や『浮船』に縁のある宇治も再度訪れたくなり、今年限りの清水寺奥の院の秘仏特別公開を見逃してはいけないと思ってと、かなりハードなスケジュールを組んでしまいました。それでも無事行って参りましたので、写真で一部をご紹介いたします。

(行程)
11月6日・初日
談山神社〜聖林寺〜安倍文殊院〜奈良国立博物館(正倉院展)
11月7日・二日目
浄瑠璃寺〜岩船寺〜円成寺〜般若寺〜転害門〜正倉院
宇治橋姫神社〜平等院〜青蓮院
11月8日・三日目
清水寺===大江能楽堂 高吟会出演 
詳しくはこちらをクリック


湖西線の旅

湖西線の旅高ヒット
投稿者akio_dakio_d さんの画像をもっと!   前回更新2005-9-25 12:19
ヒット数6232  コメント数4    0.00 (投票数 0)0.00 (投票数 0)
今年度(17年)の阪大喜多会の夏合宿は9月2日より3泊4日で、滋賀県安曇川(あどがわ)の丸三旅館で行われました。
折角、湖西近郊へ行く機会を得たのでいつもの謡蹟めぐりをと思いたち、湖西線近郊の謡蹟を尋ねてから、阪大の合宿に参加することにしました。

京都駅から湖西線に乗り換えて唐崎駅で下車し、『三井寺』で謡われる唐崎神社の「唐崎の一つ松」を訪ねることから始めました。
湖西線は昭和50年に開通したまだ新しい路線だと、後日、丸三旅館のご主人からお聞きしましたが、交通の利便性とは裏腹に、昔から営業していた沿線のもろもろのお店が次第に店をたたまざるをえない状況になったということでした。安曇川も以前は旅館がいくつかありましたが、今は一、二軒になったらしいです。

話を戻します。
唐崎駅前からタクシーを利用するつもりが、驚いたことに乗り場に一台も待機していません。地元の人に聞くと「呼ぶと西大津から来るから時間はかかるねえ」と言われ、仕方なく徒歩でいく覚悟を決めたちょうどそのとき、一台駅前に入ってきたので、もうすぐに両手を挙げて呼び止め、飛び乗りました。乗車して判りましたが、徒歩では少々時間がかかりすぎる距離でした。唐崎の一つ松のあとに坂本の日吉大社まで運んでもらうように交渉して、タクシーを待機させて松をゆっくり見物することにしました。

唐崎神社の一つ松はとても立派です。『三井寺』の謡に、「志賀唐崎の一つ松、緑子の類ならば松風にこと問わん」とあるように、狂女となった緑子の母は、遠くから見るこの一つ松が、わが子緑子と重なって映って見えたのでしょう。

琵琶湖に面したこの南部の場所は、近江八景の一つで「唐崎の夜雨」として有名です。因みに八景とは「比良の暮雪」「矢橋の帰帆」「石山の秋月」「瀬田の夕照」「三井の晩鐘」「堅田の落雁」「粟津の晴嵐」の八つをいい、中国の瀟湘八景に擬したものです。
最近はこの時期になると、藻の発生で湖水が濁り悪臭を放つようになってしまいました。のどかに写真撮影と思っていましたが、時折鼻をふさぎたくなるような臭いは、私を早々と坂本へ移動させてしまいました。

日吉大社の敷地は広大で大規模ですが、もとは唐松神社の方が古く、その後、分社として日吉大社が出来たといわれています。
日吉大社は全国3000余社の山王さんの総本宮で、入り口を入るとすぐに大宮川に掛かる石の橋があり、これは日本最古の石橋です。それより上り坂を上がると鳥居が見えてきます。中に入ると東本宮、西本宮、宇佐宮、牛尾宮、白山宮、樹下宮、三宮宮の七社の神が祭られている社殿があります。鳥居の近くに神輿庫があり七社の御神輿があります。平安時代、叡山の僧兵達がこの神輿を担ぎ、京の都に入り朝廷や平家に異議申し立てをしたのは有名な話ですが、よく京の都まで運んだものだと感心させられます。

この付近は『大江山』のシテ・酒呑童子が昔住んでいたところです。比叡山を開いたのは最澄ですが、能では土着民族を仏力で追いやる体制側に対して反対側からの視点で、追われる者の嘆きや敗北を演じます。

日吉大社の横には比叡山山頂へと続く山道があります。昔は信仰のため時間をかけて歩いて登っていたようですが、今はケーブルで山頂まで10分程で気軽に行けます。山頂に着くとさすがに涼しく、夜は温度もだいぶ下がるとのこと、さぞ冬の叡山は厳しいものがあると思われます。

比叡山に「延暦寺」という単一のお堂はありません。広大な比叡山そのものが延暦寺と呼ばれている聖域です。
『安宅』で「もとより弁慶は三塔の遊僧」とありますが、三塔とは東塔、西塔、横川のことで、弁慶は西塔に住んだと言われています。比叡山は現在三塔、十六谷七十三院百九坊の旧観を回復しました。
私は今まで根本中堂しか見たことがなかったので、今回は是非、武蔵坊弁慶に関わる西塔、『浮舟』にまつわる横川中堂と三塔すべてをまわるのが目標となりました。

坂本までお世話になったタクシーに山頂まで来てもらい西塔、横川とまわり、奥比叡ドライブウエイを堅田で降りて浮御堂を見学し、『竹生島』で「真野の入り江の船呼ばい」と謡われる真野海岸、そして脇能の稀曲『白鬚』の白鬚神社に参拝し、丸三旅館に夕方着きました。
では写真でご紹介します。
詳しくはこちらをクリック


奈良・飛鳥の旅

奈良・飛鳥の旅高ヒット
投稿者akioakio さんの画像をもっと!   前回更新2005-7-1 9:57
ヒット数7592  コメント数4    0.00 (投票数 0)0.00 (投票数 0)
平成17年4月29日から5月1日まで、奈良大和路の飛鳥を中心に謡蹟めぐりの旅に出かけました。
能の作品は奈良地方を題材にしているものが多く、謡蹟の宝庫です。
飛鳥(明日香)まで足を伸ばすとさすがに時代が古く、なかなか謡蹟はありませんが、今回は謡と無縁な所も写真にてご紹介します。
まずコースからご案内します。

■初日のコース■
★奈良駅より法隆寺・中宮寺〜龍田神社

JR法隆寺駅を下車、駅前より小型バスにて法隆寺門まで7,8分。法隆寺境内は広いので空身で参拝したく、門前で一時荷物預りを捜しましたが、残念ながらありませんでした。昼食をとったお店にお願いして荷物を置かしていただき助かりました。境内は撮影禁止が多くここでご紹介できませんが、南大門、五重塔、金堂を廻りました。やはりこの日の目的の第一は大宝蔵院です。玉虫厨子などが有名ですが、なんといっても「百済観音」です。あの長身でしなやかな身体のラインは魅力的でおもわず触りたくなります。

西院伽藍から東院伽藍に移動しますと、夢殿があります。能『夢殿』は故喜多実先生のお作りになられた新作能であり、以前、現喜多六平太宗家が実物の夢殿を背景に舞われたことがあります。今回はちょうど、秘仏「救世観音像」が見られる幸運な時期でした。夢殿の奥に中宮寺があり、本尊「如意輪観世音菩薩半跏思惟像」は神秘的なほほ笑みをたたえていて、これも私のお気に入りの仏像です。
法隆寺の近くに『龍田』ゆかりの龍田神社があります。聖徳太子が宮を造る地をさがしているときに斑鳩の地を御告げになったのがこの明神と言われています。またここは坂戸座申楽の発祥の地でもあります。   

■二日目のコース■
★在原神社〜結崎の面塚〜補厳寺〜石舞台〜昼食〜酒舟石〜飛鳥寺〜橘寺〜長谷寺(湯本、井谷屋宿泊)

二日目は貸切りタクシーにて、マニアックな謡蹟めぐりから始まりました。
まず『井筒』ゆかりの在原神社です。「西名阪国道バイパス開通のため、その場所を少し移動させられた」と神社の広場にてゲートボールを楽しむ地元の爺様婆様達が教えてくれました。
次に結崎座(観世流)発祥の地と面塚に向かいました。場所は川西町の寺川の横に結崎公園として綺麗に整地され、観世流の意気込みが感じられます。次に田原本町味間の世阿弥夫妻が出家した補厳寺(ほがんじ)を訪れ、石碑を見るだけとなりましたが、貴重な資料が門のところに置いてありましたので頂いてきました。
(読みたい方は添付ファイルからご覧下さい)

補巌寺をあとに、飛鳥の石舞台に向かいました。昼食を済ませ酒舟石を見学、飛鳥寺に着くと、丁度飛鳥時代の蹴鞠の再現をしていました。服装やルールなど面白く見られましたが、蹴鞠の技術はまだまだ未熟で、保存会の方々も「練習不足やー」と照れておられました。時間に余裕があったので橘寺にもまわり、いよいよ初瀬の長谷寺に向かうときに飛鳥川を見るのを失念していたことに気づき、運転手さんにお願いしましたが、時間がギリギリですからとの返答で諦めました。

長谷寺は今回で3回目ですが、お気に入りのお寺の一つです。丁度牡丹まつりで満開の牡丹を堪能できました。そのため大混雑で急に疲れてしまいましたが・・・。下山途中の東道に『玉葛』の「二本の杉」があり、私以外の参加者全員で『玉葛』の一節を、人が来ないかびくびくしながらも無事謡い終えました。直ぐ隣には定家と俊成の墓もあり合掌して参りました。

■三日目のコース■
★長谷寺〜奈良国立博物館(館内にて昼食)〜白毫寺〜新薬師寺〜海竜王寺〜不退寺〜東大寺戒壇院〜奈良

朝早く目が覚めてしまい、尾上の鐘や真言宗の読経が聞きたくなって、ひとり急いで長谷寺に登ることにしました。五時半はさすがに人が少なく、鐘の音や読経が聞けて気持ちの良い一日の始まりとなりました。本堂前にてお経を聞いていると、二名の参加者も早く起きたからとお参りにやってきました。
その後、全員宿を出て、近鉄奈良駅に移動し、奈良国立博物館の常設展「仏教の美術の名品」を拝観しました。またも運良く唐招提寺の「木心乾漆薬師如来立像」が特別出陳されていました。お昼に昨日のタクシーにまたお願いして「白毫寺」に登り、閻魔様にご挨拶して、「新薬師寺」に行きました。

ここの十二神将は有名でみな国宝ですが、一体のみ昭和の作であるため、それだけが国宝ではないのだとか。十二神将は十二支それぞれの守り神です。では昭和の作は何年でしょうか?

答えは 辰です。

海竜王寺を拝観し不退寺に伺うと、住職さんが親切丁寧に説明して下さいました。その説明の一部をご紹介します。
「不退寺は業平寺とも呼ばれ、在原業平が住まわれたところです。どうぞどんどん前へ出られて構いません。見て下さい。丁度業平画像がございます。ゆっくりもっと近くで見て下さい。えー男でしょ、56歳ですわ。本堂は右に春日大明神、中央に聖観世音菩薩立像、左に阿保親王座像と神仏混合ですわ。奈良ではそうめずらしいことではないのですわ」
「一つお聞きしていいですか?釈迦涅槃の時に何かがいなかったですね? なにでしたっけ?」
「猫ですわ。理由? いろいろありますが、絵師が中国人で中国に猫がいなかったとか……、ほな涅槃図説明しましょう!(中略)で……お母様の摩耶夫人が天からお釈迦さまにお薬を投げられたんですわ。でも沙羅双樹にひっかかってしもうて……それでお薬出すこと投薬いいますねん」
参加者皆「へぇ………………」
そして最後は東大寺戒壇院の四天王をお参りして旅は終わりました。

私は今年、50歳になります。いつかはじめてみようと思っていた朱印帖。
初めのページが法隆寺というのもいいかな……と今回決断しました。
「年寄り臭い、お金がかかる」と言われそうですが、最近ついこの間のことなのに、どこへ誰と行ったか、思い出せないことが多くなりました。まずい、危険信号です。自分の軌跡確認のためにも写真探訪をまとめていますが、そこに朱印帖も仲間入りさせては……ということです。

奈良のお寺の朱印は¥300,拝観料は¥300が普通です。
ところが最近東大寺や白毫寺は値上げして¥500です。それでも京都に比べたら、まだいいのですが、お寺参り、仏像鑑賞となると意外に物入りです。気づくのが少し遅いのかもしれません。 

では写真でご紹介いたします。
一部写真でご案内出来ないところもありますが、ご覧下さい。
詳しくはこちらをクリック


厳島神社

厳島神社高ヒット
投稿者akio_dakio_d さんの画像をもっと!   前回更新2006-9-29 21:05
ヒット数8955  コメント数6    0.00 (投票数 0)0.00 (投票数 0)
厳島神社御神能詳しくはこちらをクリック


神戸近郊と三井寺、清涼寺

神戸近郊と三井寺、清涼寺高ヒット
投稿者akio_dakio_d さんの画像をもっと!   前回更新2008-2-7 21:54
ヒット数9265  コメント数5    0.00 (投票数 0)0.00 (投票数 0)
神戸近郊と三井寺、清涼寺
平成19年7月7日と8日は全国菊生会・明生会合同ゆかた会が琵琶湖畔「琵琶湖グランドホテル京近江」で催されました。
前日の6日(金)には神戸近郊の謡蹟めぐりを、そして月曜日は社中の皆様と三井寺と清涼寺にお参りしてきました。

山陽本線の新長田(しんながた)駅で下車し、タクシーを利用して「清盛塚」「忠度腕塚」「胴塚(首塚)」、阪神淡路大震災と道路拡張で離散された、「平知章の碑」や「平通盛、木村源吾重章、猪俣小平六の石碑」を探し、鵯越墓園にある「義経駒つなぎの松跡」「蛙岩」を見つけ、山を下り願成寺にて「平通盛と小宰相の墓」にお参りして、JRで三宮駅まで移動し昼食をとり、駅から徒歩5分ほどの生田神社にも行ってきました。神社では「箙の梅の碑」と「梶原景季の井戸」と「生田の森」を眺めて、前半の神戸近郊の謡蹟めぐりを終了しました。翌日からの全国菊生会・明生会合同ゆかた会の会場となる「琵琶湖グランドホテル別館京近江」に向かい、会の準備をして、9日は三井寺と清涼寺を貸切バスで社中の皆様と楽しく謡蹟めぐりをして参りました。
では写真でご紹介します。(平成19年現在)

詳しくはこちらをクリック


1 番〜 10 番を表示 (全 50 枚)(1) 2 3 4 5 »