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兄を偲んで

粟谷菊生

僕は実は五人兄弟の次男なのだ。兄、新太郎、僕につづいて輝代という妹が居たのだがこの妹は五歳の時、亡くなり、辰三、幸雄となる。従って僕と辰三の間は六年ぐらい空くので僕は小さい時から、いつも年の近い兄と二人で遊び、能に関わってきた。親父は『小袖曽我』、『放下僧』などを二人に演らせ、地方の演能にも連れて廻った。世間では僕が剰軽な男という定評になっているが、新太郎も郎も結構、面白いことを言う人だった。いつか酔っ払った時、こう言っていた。「世の中の美人は、みんな僕のものなんだ。ただ予算の都合で今のところ他人に預けてあるんだ」と。兄は倒れてから八年間も能が舞えなかったわけだが、どんなに辛かったろう。兄は文部大臣賞、紫綬褒章など後年矢継ぎ早やに受け、娚が空恐ろしい位だと喜んで洩らした事がある。僕が人間国宝になった時、病院の担当医が「おめでとうございます」と仰言って下さったのを「自分が貰ったのかと思った」と。これは冗談なのか本気なのか?兄は最後まで頭はしっかりしていたようだった。体が利かなくなって、頭だけはっきりしているというのも本人にとって幸せなことかどうか。最近老人問題がテレビでよくとり上げられるようになったが僕も人間の晩年、最期ということを、しきりに考えるときが多くなった。

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