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横浜能楽堂特別公演 『半蔀』「立花供養」を語る

(6)「立花」の技


橋の会の立花 粟谷 橋の会では蓮の花がピーンと立っていましたが、今度はススキですね。どうしてああいう風にすーっと立っていられるのか不思議ですね。
川瀬 今回のものの方が大変ですよ。ススキがどうしてあのようになっているのか、よく質問を受けるんです。ああいうものは舞台に出すと、あの暑さとライトで一気にほうけてしまいます。あれにはいろいろな策が立てられていて、だから大丈夫なんです。
笠井 薬物的なこともあるの。
川瀬 薬物を入れないと駄目です。
粟谷 うわあー、ドーピングですね。(笑い)
川瀬 昔から卵の白身を溶いたものなんかを使うんですよ。あれはあれで至難の業なんですね。それをススキの穂に塗りつけるのです。でも卵の白身が重たいのでタランとたれてきたりして大変なんです。今は薬物的なものがあるのですが、やることは一緒です。一つ一つこよりを巻くようにまわしながら付けていき、咲かないように咲かないように、穂を封じ込めていく感じです。
中村・粟谷 大変なことですね。
川瀬 こんなに熱いとどうしても葉っぱが巻いてしまうんですよ。要するに直線になってしまうのです。
笠井 まず直線になって、そしてしなって落ちるんですよね。
川瀬 舞台に置く時間だけでは落ちるところまではいかないのですが、直線になってしまいます。だからススキを使うのは至難の業なんです。
笠井 花というのは、そのときの時節感当(じせつかんとう)と世阿弥も言っているけれど、その時に出会ったもので勝負しなければいけないから大変だね。思ったようにはいかない。その時節にあるもので何ができるかという、すごい試練を与えるね。
川瀬 そうです。それと望んで集める力がないとできないんですね。どこで手を打つか。どこに頼みきるか。
笠井 それはすごく切実な問題だな。あなたは利休のことを言っていたけれど、利休は道具は集めたかもしれないけれど、花は集める力というよりは選ぶ力だったと思うけれど。今花材屋さんが全国のものを集めてくれるの?輸入ものも含めて…。
川瀬 普通の花材屋では揃わないです。今日のお花は全部、切り出し屋に特別に取りに行ってもらっている花材ですから。普通のルートから入ってくるものではないんです。
粟谷 特別のルート?
川瀬 山に入ってもらったりして揃えているものですから。それもここに持ってくるまでに90%処分しているのです。使っているのは10分の1。10分の1も使っていないかもしれませんね。
笠井 芸もそうですよ。10あるうち1が急所。
粟谷 そう。10曲やって1曲いいのがあるかなあ、くらいですよ。
中村 うちで公演やったときに毎回アンケートをとっているんですけど、毎回感想を書いてくださる方が、今回は素晴らしかったと。その方は、年間10何回、20回と、次は素晴らしいのがあるかと期待して見ているが、なかなかない。でも今年はこれ1本見ただけで、今まで10何本見てきた甲斐があったと書かれていました。
川瀬 それはありがたいですね。
中村 難行苦行で能を見続けてきて、今日のは本当に素晴らしかったと。そう思っていただいて、こちらとしてもうれしかったです。
笠井 実際、その通りです。難行苦行しないと、お能の本当の素晴らしさはわからないから。そういう水準で観てくださる人というのも、やっぱり数パーセントなんだな。よくぞ、難行苦行をしてくださった・・・。
川瀬 いつの時代もそんなものじゃないですか。

(7)作り物の「半蔀」について


川瀬 でも、今日見ていて、『半蔀』は喜多流の方が雰囲気がありますね。実がついているのもいいし、片折り戸の方がいいですね。
笠井 観世流も片折り戸みたいにするんですがね。片折り戸というのは片方に開くようにして、門構えみたいになっている。ああいう風に変えるのが通例です。
川瀬 あれぐらいじゃないと、うまくバランスがとれないと思ったのですけど、今日。
粟谷 あの藁屋、少し背が高すぎませんでしたか。
中村 見ている限りではそんなに。
川瀬 あの高さは変えようがないでしょ。
粟谷 いや、もう少し短いのもあるのでは?
中村 能楽堂の備品で違うかもしれませんね。喜多能楽堂だと違うかも。
粟谷 若い人たちがすでに作っていたので、あれが常寸かなと思ってしまったのですが。
川瀬 あれは横浜能楽堂のものなのですか。
中村 そうです。
笠井 ああいうものは能楽堂で持つものなんですよ。僕はあの葉っぱが気になったんだけれど、ちょっと光り過ぎる。テカテカしてちょっと邪魔になったな。
粟谷 葉は持ってきていたのですが、もうできていたから取り替えなかった。葉の色までは注意が行かなかったですね。作り物をどこに置こうかとか、どういう手順で進めるかばかり考えていて。
川瀬 六郎さんのときは、瓢箪はラメ入りのように見えましたが。
笠井 いろいろあるんですよ。金銀・・・。
粟谷 うちのは金色なんですが、金というのもねえ・・・。
笠井 作り物の飾りは一種の象徴みたいなものだから。リアリズムを超えてしまう。夕顔の実だって実際あんなに小さいわけではないでしょ。
川瀬 小さいのもありますよ。夕顔は花自体そんなに大きいものではありませんからね。六郎さんのときはラメ入りのようなので、すごく印象に残ったんです。
粟谷 金色の瓢箪なんですが、友枝さんに聞いたら、金の瓢箪とは聞いているけれど、僕は金色はやめたよと言われた。能夫さんは無くていいよと言います。詞章に「瓢箪しばしば空し」という言葉はあるけれど、実際引き回しをかけていると見えないし、想像すればいいんだからって、それで無しでしようと思っていたのです。でも当日横浜能楽堂の瓢箪を見たら、緑色のがたくさん付いているじゃないですか。だから大きいのを外して、小さいのだけ3つ4つ付けたやったのです。
川瀬 瓢箪がないというのはおかしいですね、やっぱりちょっと。
笠井 半蔀戸を開けたとき、ふっとぶら下がる感じの風情がいいんだけどね。金というのは不思議な気がする、好みとしては。
川瀬 先ほどの伝書には、花なんかも銀の花を入れると書いてありましたね。銀のかごもありましたっけ。
粟谷 けばけばしいんですよね。
川瀬 案外けばいものなんですね。
笠井 まあ、象徴となればそうなるんだ。リアリズムではないのだから。
粟谷 ゴージャスな感じが出ればよいというセンスかな…。
川瀬 昔は、今考えるほど金銀が、けばけばしいものではなかったかもしれませんね。荘厳されたような世界に見える、金銀というのはそういう意味だったかもしれない。今、池坊は普通の白竹の篭でやりますね。白竹の篭の花入れに松の真の立花が出ているのがとても不思議な感じがします。白竹の篭に松風の草を入れるならともかく、松がドーンと出るのはねえ。7、8年前ですか、京都天龍寺でおやりになったときがそうでした。金閣寺の落慶法要のときでした。
中村 あの『半蔀』の藁屋を橋掛りに置くというのは・・・。
粟谷 あれ、本来ではないんですよ。普通は常座です。
中村 いやでも、今日見ていて、あれの方が僕はすごくよかった。
粟谷 川瀬さんのお花があった場合に、そのすぐ近くに藁屋があって、造花があってというのでは、それはもうおかしいでしょ。
中村 友枝先生のときもそうでしたね。
粟谷 立花があるときには、橋掛りの方に行きますね。本来は中入り後に立花を引いてしまうから。
中村 正面から見ていて、今回、立花と藁屋の関係がすごくいいように見えました。

(8)装束と立花瓶


笠井 ところで、後シテの装束、長絹は新しいの。
粟谷 古くはない…、新しいかな・・・。
笠井 だからかな。被くときに・・・。
粟谷 よいしょ!と見えてしまったかな…。
笠井 やっぱりそれは悲しいよ。『半蔀』はもっと儚くなければ駄目だろうと。
粟谷 しなやかで軽い長絹は、白でなければあるのですが、白にこだわって、能夫さんにも相談し、まあちょっと硬いけれど、白に金糸の一色だし、模様が花篭なので、一番似合っているかなということで、選択したのですが…。
笠井 きれいではあったけれどね。
粟谷 ちょっと硬い感じ?最近作ったといっても、できたばかりではないんですよ。もう少し使い込まれていればよかったですね。
川瀬 生地自体が違うんじゃないですか。
粟谷 友枝さんが『卒都婆小町』で使った浅黄のを使おうかなとも思ったのですが、夕顔の花からは離れてしまうかなと思って。装束としては悪くはないのですが。やはり銕仙会から拝借すればよかったのかな。
笠井 そうだよ。
川瀬 借りるなんてことがあるのですか。個々人での貸し借りがあるのですか。
笠井 信頼関係ですね。銕仙会は粟谷さんのところとは親しくしているから。
粟谷 今私が観世銕之丞さんにお願いして装束を貸していただく事が出来るのは、父が観世寿夫先生、栄夫先生、静夫先生たちと親しい関係があったからです。
川瀬 お花の世界では、いっさい貸し借りはしませんよ。全部自分のところで整えます。
粟谷 今回の赤い花台は橋の会のときと同じですよね。
川瀬 ええ、同じです。あれはあれで名品なんですよ。当初は桃山時代の立花瓶を用意していたのですが、でも置いてみると硬いんですね。丸みがなくて、今回の舞台には合わないのです。直角というか、直線が効きすぎているんです。以前雑誌の撮影で使った瓢箪がついているものにしようかと思って探してもらったのですが出てこなくて。それで、あれにしたんですよ。お公家さんの家から出たもので、ああいうものだったら草ものに合うだろう、姿がきれいだろうと思って。2回京都に行って、いろいろなものを見て最終的にあれに決めたのですけど。花材がともかく揃わなくて、どうしようかなと。ともかく昨日まで必死ですよ。
中村 だからものすごく贅沢なものですよね。

(9)立花とシテの関係


粟谷 今回の私の感想ですが。普通、立花がないと、あの夕顔の精というか夕顔の上を一生懸命掘り下げて舞おうということになるのですが、ああいう立派なお花があると・・・、悪いことではないのですが、違う意識が作用してしまうという発見です。あのお花に全部委ねてしまおう、その後ろで、きれいにそつが無く動いていればいいのでは、という風に陥りやすい、多分陥ってしまった・・・と、今感じています、反省点ですね。笠井さんがおっしゃるような、夕顔のあの切なさみたいなものを出すのは難しかった。正直言って、出しにくいなあーというところがあるんですね。そこを演じるなら、いっそのこと全部花を取っ払っちゃって何もない方が演じやすいのでは、ということになりそうなんです。立花供養という小書があったときに、そこをどのように演者が処理しなければいけないかが課題で…、今回の私のテーマでもあったはずなのですが…。あーー笠井さんが何か言いたそうな・・・(笑い)。「明生君!夕顔の儚さはどこに行ったんだい」とね。普段なら、主題にグーッと入っていこうとするんですけれど、あの立派な立花があることで、何か反作用が起きるというか。でも演者にとっては、もう一つ別の未知のステージに立てるという救いでもあるのです。
以前に友枝さんにお話を伺ったときに、「僕らが伝書で見ているような従来の立花供養のイメージで考えていると駄目だよ、すべてそのときに合ったものを考えるように」というようなことを言われたんですね。お花が動かないなら動かないなりに、今回の秋の草なら、それなりに・・・ということですかね。橋の会の2日公演で六郎さんがシテの日は、金子敬一郎君の『道成寺』があり見に行けなかったのですが、友枝さんのときはどうしても見ておこうと拝見にうかがったのです。六郎さんが地頭でしたね。
中村 すごく贅沢な会ですよね。
粟谷 友枝さんがあのときの経験で、私の稽古のときに、喜多流の謡い方自体を工夫するような細かなところも教えてくださいました。それがうまく出来たかは勿論別ですよ……。とにかく友枝さんのときの異流共演で、あのお花と地謡というのが、今までの私『半蔀』像とは全然違う、新鮮なエキスみたいなものを感じたのです。
笠井 友枝さんもいろいろなことを考えていらして、あの橋の会はすごく鮮度があったよ。
粟谷 そうですね。で、それをそのままよいしょっと、こっちに持ってくるわけにはいかない、ちゃんと自分なりの何かの処理しなければいけないわけですが…。

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