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研究公演つれづれ(その九)

研究公演 第9回(平成10年6月27日)
能夫『葵上』と明生『柏崎』について

粟谷能夫
粟谷明生
笠井賢一

『葵上』について

明生  研究公演の第9回は、能夫さんが『葵上』を、私が『柏崎』を勤めました。能夫さんの『葵上』は小書「長髢(ながかもじ)」ですね。

能夫 この「長髢」、喜多流としては初めて、伝書に則ってきちんとやったんだよ。

笠井 伝書にはどういうことが書いてあるの。

能夫 長髢の長さやつけ方、祈りのとき、いつどうなったら被衣(かずき)を捨てるかとか、被衣の腰への巻き方なども書いてあります。緋の長袴の着用は書いてありませんが、そこは拡大解釈して、使ってみました。実先生(先代喜多実宗家)が『殺生石』の女体で緋長袴を導入なされたから、もういいでしょうということで・・・。

明生 諸先輩も使われていますね。

能夫 やっぱりあってもいいよ。緋の長袴の風情というものがあるからね。

笠井 粟谷能夫独自のものを創ってくれればいいわけです。でも、長袴を着けて、長い髪を扱うのは難しいでしょう。

能夫 慣れないと駄目ですね。熟練工でないと表現できない。

笠井 『鉄輪』なんかも同じだね。形代の髪を手に巻いて、こう裏返す仕草。あのようにやるというのはわかるけれど、手が多過ぎるために思いが伝わらなくなってしまう。あの手を生かすやり方が必要だね。手が多いから一巻きにすればいいとは言わないけれど、あの仕草をやる中で、思いがしっかり伝わるようにしないと・・・。

能夫 あの場面は、演じながら現実になってしまう。巻くという仕草で生っぽくなってしまうんだね。

明生 確かに、生になりますね。私も『葵上』の長髢はやったことがありますが、稽古のときは本当に髢を使うわけではないので、こんな感じかななどと推測で稽古していますから、いざ本番となると違いますね。寿夫さんの写真を拝見すると、しっかりと巻いて、先が少し残っている状態できれいに巻かれて持っておられるのですが、なかなかうまくできるものではないですよ。何回もやることで慣れて、できていくのでしょう。

能夫 やっぱり経験なんだよね。経験することで熟成されてくるし、段取りもわかってくる。そして心も入ってくるんだよ。

笠井 故銕之亟さんの晩年の演技なんか、うまく巻けなかったり、納まりよく巻けないけれど、巻くところに思いがあるから成り立っていました。鬘を投げるところも、ちゃんといいところに当たらなくとも、投げる行為に役者の思いが出ている。やはり、髪をつかみとって、生きるの死ぬのという大喧嘩をしたことがあるかっていうね。まー実際にそんなことをしなくていいけれど、そこに想像力がないといけないよね。

能夫 わかる、わかりますよ。

笠井 髪を引きずって喧嘩する、この思いがお前にはわかるかというような、そういう思いが体の中にふくらんでいなければ、どんなに段取りがよくたって、人には伝わらないでしょう。ここはピッタリはまりましたと言っても薄い演技になってしまうんだよ。だから、極論すれば取り損なってもいいの、思いがちゃんと出ていれば。

明生 なるほどそうですね。でも取り損なっては駄目なんですよ、役者はね(笑い)。髪を取るときスーッとうまく取ろうとしたのに、あれ!なんて取り損なったら、きっと笠井さんが「明生君、あそこは絶対にとってよ!」とご注意なさるでしょう・・・(笑い)。

能夫 そうなんだよ。でもそれもこれも経験だな。それと『葵上』という曲は若いときにも勤め、ずっとやっていく曲でもあるでしょう。謡とか、特にクドキのところとかすごく課題もある。だから逆に言うと楽しいし、やり甲斐のある曲だと思う。謡の喜びみたいなものを感じながら、これで表現するんだという志、そういうものを、次の世代のひとに持ってもらいたいし、伝えていきたいと思うようになりましたね。『道成寺』の披きみたいに、親がかりで一世一代に一回、その後にやるかどうかわからないような曲なら、若さの全てをぶつけて、エネルギッシュにやればいいということはある。親がかりでみんなに世話になっているのだから、ただただ無事につつがなくやろうという思いにもなる。そういうものはそれでいいかもしれないけれど、『葵上』のように、その後も何回も重ねていくものはそれで終わってはいけないと思う。まして、上っ面だけで謡う人がいますが、それは違う気がするんだ。

笠井 『道成寺』のような曲は特別かもしれないし、いわゆる大曲というものは、一生にそう何度も演じるわけではないから、その一回にかけるエネルギーは大変なものになる、それは当然だよね。ところが大曲ではなく、平物(ひらもの=普通の曲)をちゃんとできる能役者というのがすごく大事なんだ。『葵上』もそうだよ。よく出す曲が、毎回毎回魅力的にできるか、それができるのはやはり技倆なんだよ。

能夫 それはよくわかりますよ。いろいろな人の演能を見るにつけ思いますから。

笠井 日ごろ、どれだけのことをやっているかが問われるね。重い曲とか披きとかはそれなりに真剣に取り組むし、思いもかけるから、素晴らしい演技をみせてくれることがある。しかし、よく出る曲はつい流してしまうから・・・。

能夫 手慣れたものだとついそうなってしまう。時間的な余裕だとかの問題もあるし・・・。

笠井 とくに演能が多い人は、そうしないと身が持たないということがあるからね。だけど、先代銕之亟さんはそうではなかった。一曲一曲、作品が伝わってきた。役者としてすごく大事なことです。普通の曲、『葵上』とか『安達原』(喜多流では『黒塚』)とか、それらがちゃんとできていました。

能夫 銕之亟さんの世界がありましたからね。お能がお好きだったのでしょうね。

笠井 能役者が一流になるかならないかの開きがそこにあると僕は思う。普通の曲だけれど、能のエッセンスが全部詰まっているような曲を、初めて見る人にも、その魅力を伝えられるというか・・・。

能夫 それはすごく大事ですよね。

『柏崎』について

笠井 明生さんの『柏崎』は、もうあれは、あなたの中で一皮むけたと思わせる能だった。

能夫 明生君は、もう幾皮もむけているんですよ(笑い)。

明生 もう、辣韮(ラッキョウ)みたいにたくさんむけなきゃいけないんですけれど。(笑い)
ある方が以前に『柏崎』をなさったときに、ちょっと気になったことがありまして・・・。ワキが形見を入れてきた袋、守り袋をシテに渡し、シテが受け取りそれをぶら下げて中入りしますが、その風情があまりいい感じではなかったのです、自分のときは、特別に小さな守り袋を作って工夫して勤めたいと思ったのです。

能夫 確かに、あそこは守り袋をブラブラさせながら中入りしなければならないから、よくないんだよ。

明生 そうでしょ。いやだと思って。高林白牛口二さんに「小さい守り袋というのは昔ありませんでしたか」とお聞きしたら「ないでしょう」と言われまして・・・。でも「研究公演だからいいでしょ」なんて・・・。(笑い)
ところで、『三井寺』と『柏崎』では、位的にはどちらが上なんですかね。どちらを先に勤めておくべきなのか。

笠井 どちらとも言えないのでは?それぞれの難しさがある。役者の質によるかもしれない。『柏崎』をやる役者と『三井寺』をやる役者はちょっと質が違う気がする。

能夫 わかるねえ、それは。

笠井 『三井寺』ができる役者は『隅田川』ができる役者。『柏崎』ができる役者は『定家』とか『野宮』に近づく役者。すごく乱暴な言い方をすればそうなるんじゃないかな。

能夫 わかる、わかる。

明生 かなり乱暴じゃないですか。(笑い)

笠井 だれが言ったわけではないけれど、僕はそんな気がする。同じ子方が出ていても、『柏崎』と『三井寺』では子方の質が違う・・・。

明生 『三井寺』は舞うところがなく、『隅田川』と同じですよね。『柏崎』は二段グセがあるし、喜多流では小書「舞入」もあるし。『三井寺』は舞わないことを前提に作られている。私は『三井寺』の方が難しいような気がしました。この間、四郎さん(観世流、野村四郎氏)にお聞きしたら「それは『柏崎』の方が難しいじゃないかね・・・」とおっしゃっていましたけれど・・・。

笠井 観世寿夫さんに教えを受けていると、そうなるでしょうね。寿夫さんは『三井寺』も『隅田川』もあまり得意な方ではなかったとよくいわれます。そのせいもあるかな。

能夫 寿夫さんは、それらは面白くなかったんじゃないかな。

笠井 彼は『誓願寺』とか『当麻』とか、宗教的なこちらの系統が好みだった。人情よりは阿弥陀信仰の中の法悦があるような曲。

明生 法悦ねえ。『柏崎』にはありますね。

笠井 『定家』にもある。『野宮』にもある。どちらも恋の情念を描いているようだけれど、恋というものに縛られる法悦というようなものがある。『柏崎』に通じるものなんだ。同じ子供が出ても、『三井寺』や『隅田川』は違う。こちらは子故の闇だから。銕仙会でいえば、若松健史さんの『三井寺』『隅田川』はいいんだよ。本当に感動がある。悲しいし、世界がちゃんとできている。不思議な透明感も出るし、それでいて人情がちゃんとあるしね。やっぱり彼の芸質に合っているんだろうね。それは雅雪さんの系統だよね。雅雪さんは人情を表現できる人だから。明生さんの『柏崎』は、法悦とまではいかなかったけれど、ある種の技術というか行儀のよさが出ていたと思う。装束もよくついていたし・・・。

明生 そうですか?でも着付けは、浅井さんにもっと気を遣ってと叱られたんですよ。

笠井 『柏崎』のとき?

明生 はい。物着です。あの時の後見はこれも勉強だと思いまして、若い人にお願いしたのですが・・・。

笠井 物着の後ね。僕は前の方が印象に残っている。物着より前の方がよかったですよ。一皮むけた感じが確かにあった。物着の後の方はまだ歯が立っていない感があったね・・・。

明生 そうでしょうあの時の『柏崎』は、特に前半に力をそそいだ感じですかね。演じ手として『柏崎』はとてもやらなければいけないことが盛りだくさんですよね。夫の最期を語らせるワキとのロンギがあり、激情するかと思うと、すぐに悟ってしまったりと、この『柏崎』のシテの心の動きを表現するのは本当に難しい。最後までに手が廻らなかったかもしれませんね。

能夫 本当に『柏崎』は難しい狂女物だよね。主人公は理知的な女性過ぎるというか。二重苦でしょ。夫が亡くなって、息子が出家していなくなってしまうという・・・、こんな曲もないよね。

笠井 それでいて法悦のところはすごく・・・。

能夫 凛々しくてね。

笠井 凛々しいというか、『当麻』の世界、基本的に法悦に入っていってしまうというか。その宗教性、その恍惚とした喜びみたいなものをうまく出せないと駄目なんだ。なかなか皮肉な難しい曲ですよ。

明生 観世流では小書「思出之舞」がありますよね。

能夫 寿夫さんの「思出之舞」があったなあ。

笠井 寿夫さんのがあって、その後いろいろな人がその小書をやっていますね。

明生 今の「思出之舞」は寿夫さんが手を加えられたと聞いていますが。普通は「鳴るは滝の水」の後に中ノ舞を入れるだけですよね。世阿弥のころは舞が入るのが通常だったようですが・・・。喜多流でも「舞入」はありますが、ほとんどやられていないです、すぐに「それ一念称名の声・・・」となります。何しろ上演時間が長いから・・・。

笠井 オカシ入りも、つまりアイ狂言が女物狂が来るとふれ歩く。現在はこのアイがないのが普通だが、世阿弥の時代にはこれが入っていたと思われる形もいいですね。

能夫 今度、浅井文義さんがその形でやるんでしょう(平成14年4月)、治さん(小鼓方、北村治)が、やめてくれよなんて言っていたけれど。(笑)
それにしても『柏崎』は魅力ある曲ですよ。でも、クセでこれぞというものを見たことがないなー。それぐらい難しいということです。あのクセは最初『土車』のクセを取り入れたものだといいますね。伝書に書いてある。

明生 今度、もし機会があったら、「舞入」にし少し工夫したり、オカシを入れる演出でと思いますね。

笠井 能夫さんは『柏崎』はいつ演ったの?

能夫 まだですよ。

笠井 そうですか。いつか是非やって下さい。

能夫 そうですね。『柏崎』はやりたい曲の一つですよ。魅力あると思う。でも
地謡が思いを持って謡ってくれないとできないでしょうね。

明生 それは、いつのときにも課題ですね。特に喜多流では、地謡への再認識が今の課題だと思います。
ではこの辺で終わりたいと思います、本日は有難うございました。
(平成15年5月割烹千倉にて)

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