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粟谷 明生  能『鉄輪』は頭に火を灯した蝋燭をいただく鉄輪(五徳)を載せ、怪奇な鬼の姿で形代を打ちすえる女の復讐を丑の刻詣と絡ませ、捨てられた女の男への呪いと恨みの物語です。春の粟谷能の会(平成15年3月2日)では、この『鉄輪』を勤めました。 舞台は最初にアイ(和泉流は神職、大蔵流は社人)が登場し、シテ(男に捨てられた都の女)の願いを貴船明神が叶えるとご託宣があったと口開(くちあけ)の形で始まります。そこへ前シテが笠を被り人目を忍び登場します。浮気な男と契りを結んだのは結局自分の心の到らなさの報いとは思うが、それではあまりに口惜しい、来世とはいわず今この世で罰が当たるように貴船神社に願をかけるのだと、丑の刻詣を決意します。
丑の刻詣とは時代により変様しているようですが、丑の刻(午前二時)に人目を忍んでに密かに参籠し祈願することで、特に人を呪う行為とされています。女にとって通い馴れた道とはいえ、暗闇の中を一人「糺す森」を抜け「御菩薩池」を通り、「市原野」、「鞍馬川」そして橋を渡り貴船神社に向かう片道二、三時間程の長い行程は念願成就のためとはいえ大変だったと思います。しかも七日間の参籠は、当時は衣食にも並々ならぬ不便があったでしょうから、それを押しての参籠には思い込みの凄さと恐ろしさを感じます。
アイは参拝しているシテを見つけると貴船明神のご神託を告げます。この問答の言葉は流儀により異なるため、シテはお相手のアイにより型、演技を変える必要があることを今回知りました。その問答をここにご紹介します。
和泉流はシテに向かい「丑の刻詣するのはそなたか。あなたの祈りを叶えるとのお告げがあった。先ず鉄輪の三つ足に火を灯し戴き、身には赤き丹を塗り、赤き衣を着て怒る心を御持ちあると、必ず望みは思いのままである」とまずお告げの内容を言い、それを聞いたシテは「いやいや私ではない、人違いでしょ」と言葉を返します。すると「いや確かにあなたのことだ、あー恐ろしいこと。こういう内に顔色が変わって恐ろしくなった。あー恐ろしい、恐ろしい」と退散します。これに対して大蔵流は「おい女の人よ、あなたの望みを叶えるとの明神のお告げですよ」と問い掛け、シテはすぐに「いやいや私ではない、人違いでしょ」と返します。すると「いや確かにあなただ。その訳は鉄輪の三つ足に火を灯し、顔には丹を塗り、身には赤き衣をまとい、怒る心を御持ちあれば、思う望みは叶えるとのことである、うわーこんな事を言っているうちに顔の気色が変わって恐ろしくなった、こんなところに長居は無用だ、急いで戻ろう。あー恐ろしい、恐ろしい」となります。問題はシテがどこで面を曇らせ顔色を変えはじめるかです。
元来、喜多流は大蔵流と申合が出来ているので、「私ではない」と返事後、火を灯せ、丹を塗れ、赤き衣と聞くうちに、徐々に面を曇らせ形相を変えるやりかたが合うのです。和泉流がお相手の場合は、こちらが早めに対応をしないと兼ね合いが悪く、シテはこの違いをあらかじめしっかり把握して演技する必要があることを知りました。シテは「これは不思議の御告かな」から一変、地謡も次第に激しく囃子のテンポも速くなり前場の一番の山場となります。「恨みの鬼となって人に思い知らせん」と笠を投げ捨て、怒りは最高潮に達し中入りします。観世流はそれまでの籠められた怒りが我慢できず遂に爆発して走り込み(速足)の中入となりますが、流儀では走らずズカリズカリと力強い運びで怒りを表す教えです。走り込むエネルギー以上に演者の体から怒りや殺意が漲ってこなければならず、並大抵では出来なく能役者の技量が計られるところです。  
ワキツレ(シテのもとの夫)はワキ(陰陽師・安倍晴明)に女(シテ・前妻)の呪いを調伏する祈祷を依頼します。舞台正面に一畳台と三重の高棚の作り物が置かれ、祭壇を表します。棚の四隅に五色の弊を立て、男の形代として侍烏帽子、女の形代として鬘が乗せられ、これらはそれぞれ男と新妻の象徴です。後シテの女は頭上に鉄輪を載せ赤地摺箔を着て鬼となって現れます。しつらえた祭壇の夫婦の形代に忍び寄り、捨てられた女の恨みを述べます。「あなたと夫婦の契りを結んだ時は、いつまでも変わらないと思っていたのに…。捨てられて恨めしく、でも恋しいとも思ってしまう、この苦しい思いを私にさせたあなた。もう命も今宵で終わり、お気の毒なことよ」と強い恨みの中に恋しさ、悲しさが同居している複雑な女心です。「命は今宵ぞ、痛はしや」の「痛はしや」を相手への憐れみとするか、それとも冷たく言い放つ心に扱うかで、その表現も変わってきます。
キリの仕舞所ではいよいよ祭壇に上がり、恨みが募って執心の鬼となったと迫り、まず後妻の形代の髪を手に絡ませ一撃のうちに打ち殺します。恨めしく憎いのは男であり、悪いのは男のはずですが、鬼となった女はまず同性の後妻のところに怒りをぶつけます。ここが女心の不思議なところです。後妻を殺し今度は「殊更恨めしき」と男の形代に目を向けます。私は地謡の「あだし男を取ってゆかんと、伏したる男の枕に立ち寄りみれば」の「取ってゆかん」の解釈が演ずるときのキーワードではないかと思います。「命をとる」と解釈するか、「連れ去ろう」と読み取るかでこの女の心持ちは決まります。「連れ去ろう」と解釈することで鬼にならねばならなかった悲しい女の性と激しい嫉妬心が浮かび上がるのだと私は思います。
後妻を容赦なく殺し、薄情な浮気男も殺したいほど憎いはずなのに、でももとの夫と思うと殺さずに連れ戻したいと思ういじらしい女心。願わくば夫の気持ちがまた私の方へと向いてくれればという哀願、未練を感じます。ところが、そんな頼みや願いは無残にも打ち砕かれます。男の形代には晴明の祈祷で三十番神の神々が守っていて鬼女を一歩も近づけさせません。安倍晴明の陰陽道と貴船明神のご神託による呪縛との争いとなります。
新妻はいとも簡単に殺され、男は神々が守っている、下京邊の男、つまり鉄輪の女のもとの夫は、新妻と自分の二人の命ごいをしたのではなく、自分だけ助けてくれるようにと祈祷を頼んでいたわけで、随分と身勝手な男として描かれています。
上田秋成作『雨月物語』の「吉備津の釜」は『鉄輪』の後日談のような話です。女に恨まれている男が、やはり陰陽師に祈祷を頼みます。四十二日間(女が亡くなってから四十九日間)、家の戸を閉めお札を貼っておとなしくしていれば大丈夫と言われ、男はその通りにしていますが、あと一日という日に、疲れが溜まってか、たいして眠ったつもりはなかったが戸を叩く音で起こされます。見ると外はもう明るいので、女の恨みからやっと逃れられたと喜び戸を開けてしまいます。しかしまだ外は暗かった、明るいと思えたのは満月の明かりだったのです。男は四十二日が過ぎたと錯覚して戸を開けてしまった。するとその瞬間、女が飛び込んで来て男を殺してしまうという劇的な結末です。
 能『鉄輪』では、女は男に近づけず連れ去ることも殺すこともできません。結局安倍晴明の祈祷が貴船明神のご神託を阻止したことになります。しかし、最後に「時節を待つべしや、まずこのたびは帰るべし」と、今日のところはひとまず帰るが、またいつか来て必ず恨みを晴らすと消えてしまいます。男は、安倍晴明に祈祷を頼んだ後は舞台に出てきませんが、この結末を見て、ああ良かったと手放しで喜べるかどうか。世の男共にとっても肝が冷える、真底恐ろしい終わり方かもしれません。それにしても、呪い殺すと出てくるのは、死後、霊になってというのが能の通常のパターンですが、今この世に生きている間に恨みを晴らしたいと、直線的、直情的な恨みを描くところが能『鉄輪』の特徴です。幽玄な能とは全く趣向の違うこの能の直情的な感情、恨み、嫉妬を生々しくならずストレートに演じ、且つ能という枠内で表現する兼ね合いがこの曲の難しいところだと思います。
京都清水寺の森清範貫主に、何事もみな表と裏がある、その二つの真ん中には中庸があり、そこが大事であるというお話をうかがいました。能の表現法も同じような気がします。『鉄輪』では、女の嫉妬、恨みを直情的に表現するものであると断定するのも一つのやり方だと思います。また裏からの見方として、この女の本音はどこにあるのか、男への恨みは未練や恋しさの裏返しかもしれない、であるならばそこに主眼を置くような演じ方も可能でしょう。しかしそれらにはさまれた共有し得る主旨はと考えると、それはこの女の不憫さではないかと思い至るのです。それが中庸というものかなとも考えたりします。この曲を恨み呪い殺害と図式化することは間違いではありませんが、それだけではないメッセージがあるように思えるのです。
能役者が作品をどう表現するか、演者の身体が能の様式の中ぎりぎりで演じきる真実性の芝居、それは鬱屈した動きの型でもあり、内実を辛く謡うことで膨らんでこないといけないという教えを守らなくてはこの曲は演じきれないようです。型通りに動いていればよしというものではないとは充分理解しているつもりですが どんな作品でも曲の持つメッセージを深く読み込む作業を常に怠ってはいけないと、今回の『鉄輪』という曲が教えてくれたように思っています。
(平成15年3月 記)

能「鉄輪」 前、後    粟谷明生 撮影 東條睦
鉄輪の井  京都鉄輪神社      撮影 粟谷明生
面 泥眼、橋姫      粟谷家蔵 撮影 粟谷明生

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