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 平成15年の「新春・能狂言」・喜多流『絵馬』女体(シテ友枝昭世、地頭粟谷菊生)が、1月3日午前7時よりNHK教育テレビにて放送されます。 喜多流の本来の『絵馬』は、後シテ(天照大神)が男神として面・東江(とうごう)をつけて現れ、荒々しく神舞を舞った後、二人のシテツレの天女が神楽の相舞(あいまい)で、シテを岩戸の作り物から引き出す演出となりますが、「手力雄の明神引き開け…」という詞章と合わず、作品の構成としてやや問題が残る形です。それに比べ「女体」の小書がつくと、本来の天の岩戸隠れに沿った演出となり、シテは女姿で、女ツレ・天女=天鈿女命(あめのうずめのみこと)と男ツレ・力神(りきじん)=手力雄命(たぢからおのみこと)を従えての登場となり、舞台は豪華絢爛たる展開となります。
シテは女面(通常小面、今回は増女)をつけてスピードある神舞を舞います。狭い視野を強いられるなかで、修練した高度な技と役柄としての貫録、この二つを必要とし、流儀では重い習いとされています。
実はこの小書は囃子方泣かせで、シテの神舞五段に続いて天女の神楽、そして途中から力神の急之舞と変化に富んでいるため、これらを囃すには達者な顔ぶれが揃わなくては成立しません。観世流のシテがゆったりとした中之舞、天女の神楽、そして力神の急之舞となるのに対して、喜多流は初めから早い舞となり、神楽で少し緩んだかと思うと最後にまた急之舞でもっとも早い舞となり、奏す囃子方も技と体力を必要とするやり甲斐のある曲であることは確かです。今回も抜群のリズム感と音色鮮やかなお囃子方の面々、笛は一噌幸弘氏、小鼓は大倉源次郎氏、大鼓は亀井忠雄氏、これは前回、ご好評の中日名匠能と同じ方々で、太鼓はご都合により金春惣右衛門氏から助川治氏になりましたが、その演奏のすばらしさは聞き応え十分です。
力神は急之舞を舞うため『道成寺』を披いた者でなければ勤められない決まりがあり、私の力神の披きも『道成寺』演能後、平成7年の「粟谷能の会・大阪公演」(シテ粟谷能夫)においてでした。以後「大坂城薪能」(シテ粟谷菊生に代わり粟谷能夫)、「粟谷能の会・福岡公演」(シテ粟谷幸雄)、「中日名匠能」(シテ友枝昭世)にて勤めてきて、今回が5回目となりました。
力神を演じる難しさは、安座して、神舞、神楽の舞を待つ間の足のしびれの心配と、いきなり急に激しく舞うテンションの高さをどのようにするかのコンディション作りです。そしてなによりも力神としての力強い役柄が舞台に表現されないといけないのです。岩戸隠れの話では天照大神が岩戸に隠れると、神々が相談して外で面白く皆が楽しんでいれば、きっと天照大神も外を見たくなるだろう、そして岩戸を少し開けたその時、約束通り力持ちの手力雄命が岩戸を開ければ…と神々が相談し仕組まれた話です。この時の注意を誘う天鈿女命の舞が、お臍を出しながら色ある舞を舞い神々が喜んだという我が国最初のストリップであることは、古事記に書かれよく聞く話で、神楽の始めとされています。また御神楽とは別に里神楽の伝承などでは手力雄命は宴席で居眠りを始め天鈿女命に起こされるというものもあり、それらの引用から能『絵馬』の戯曲が出来上がったかもしれないと想像してしまいます。
力神の舞は、神楽の終わりに天鈿女命が御幣を振り上げ力神に合図を送りますが、それに応えて左手で天女を強くさし、面を切ります。このタイミングも難しく、天女との呼吸が合わなければこれからの舞が舞いにくくなります。私は安座している途中から徐々に面を曇らせ(下を向く)寝ている風情にも見せ、いざそのときが来ると強くしっかりと面を切る、これで強調されて見えると教えられてきました。天女は華麗に艶をもって、力神は力強くダイナミックに重量感をだしてが信条です。
今回、シテがはかれた赤地指貫は粟谷家蔵ですが、今までほとんど使用したことがありませんでした。友枝昭世氏がこの曲で起用したことにより、この装束まさに息を吹き返したかのようで、天照大神にぴったりと合いました。私もいつか『絵馬』女体を勤めるときは、是非使用したいと思っています。(平成14年12月 記)
写真 初演「絵馬・力神」 粟谷明生
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