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 能の世界を夢幻能と現在能という分け方をすることがあります。
(注=夢幻能という言葉は中世には存在せず、大正15年ラジオ放送にて佐成謙太郎氏が造語されたものです。「夢幻能」田代慶一郎著より)
夢幻能は死者が旅僧や旅人の夢の中に亡霊として姿を現し、在りし日の栄光や苦しみを謡い舞う表現手法で、最後は闇の世界に消えて行く死者側からのメッセージです。世阿弥が確立したといわれる夢幻能によって、能は人間の運命との葛藤を幻想的に描き人間の奥深くにある情念を普遍化して、能を永遠なものに高めたといっていいと思います。
現在能は文字通り生者を登場人物にし、そこで繰り広げられるドラマ、喜怒哀楽を表現する舞台で、この現在能も大きく三つに分けられます。まず言葉(台詞)のやりとりを中心にした『自然居士』『望月』『鉢木』など、次に自分の体験を語る「語り」を中心にすえた『小原御幸』『景清』など、そして言葉と舞いの両方を重視したもの、例えば恋人を慕い、母を想い舞い尽くす手法をとった作品、『班女』『花筐』『湯谷』などがあります。 
秋の粟谷能の会(平成12年10月8日)ではこの現在能の『班女』を勤めました。
我家の伝書には『班女』「ただただ舞詰める也」と、舞い尽くす心得が記されていて、三番目の部類に入ることがうなずけます。
現在能を演じる時、私はちょっと複雑な心境になります。それは現在能では演者がどのように生き、どういう舞台を踏んできたか、その人の芸風がどのような物で、どういう素質があるかといったことが舞台にはっきりと現れるからです。もちろん、どんなお能でも現れますが、とりわけ現在能は、それらが如実に出るので恐い曲なのです。『班女』や『湯谷』はその代表的な曲といえるでしょう。夢幻能の方は、幽霊として生身の人間とは違うところで演じ、抽象化し、達観して演じられる部分があるので、演者自身がむきだしにならず、演者達の一つの救いや余裕になっているのは確かです。このようなことがあるからか、現在能である『班女』を「妙に濃艶で生っぽくて嫌いだ」と言う人もあり、私もこの気持ちはわからないでもありません。
一方、一世代前の先輩の方々の『班女』への思いは大きく上演回数も非常に多かったので、私も多くの方々の『班女』を拝見してきました。中でも友枝喜久夫先生、伯父新太郎と父菊生のは、それぞれ強烈な個性のある舞台で今も私の脳裏に焼き付いています。その演じ方は世阿弥のいう「恋慕専ら也」の如く、純粋に少将を慕うかわいらしい班女であったり、女の恥じらいを持ったやや大人の遊女であったりして、それぞれ自然とその役者の人となりが表現されてくるのですから不思議です。先輩達は人間性の出る現在能を競演し楽しんでいたようにも見えました。
 今回演じて難しかったことの一つは、シテ花子の出のところです。野上の宿の長(アイ=狂言方)が、花子という上臈は吉田の少将殿に酌をとり、愛のしるしとして互いの扇を交換して以来、扇を胸に少将のことばかり思い、他の客の酌をとらないと腹を立て、このような有様では宿から出ていってもらわなければならないと、花子を呼びたてます。そのとき花子は幕から出てきますが、うつろな様子で歩みもゆっくり、長の思うようにやってきてくれません。その様子に長は一層もどかしがりイライラをつのらせます。シテとしては、相手をジリジリさせる歩みが必要で、見ている方もじれったく思われるでしょうが、大事な演じどころなのです。稽古の時は運びが早過ぎると言われ、申し合わせ(リハーサル)ではやり過ぎと注意されました。その頃合いが微妙で、程の良さが必要で難しいところです。
野上の宿の長はアイが勤めますが、この部分、和泉流と大蔵流では演出が違います。和泉流はシテが橋掛りの三の松まで出たころで、シテの方を向き文句を並べますが、すぐに舞台に入ってしまい、じっと我慢して待っているという、気持ちを重視した演出です、大蔵流はシテの近くまで寄り、何をウジウジしているのだ、早くしろと矢継ぎ早にののしりの言葉をかけ、右から左からとまくし立てるしつこい演出です。和泉流の気持ち重視の演出はややさっぱりとして物足りなく、大蔵流の執拗なまでの演出も少々やり過ぎの気がして、中間ぐらいの程度のものがあるとよいと思うのですが…。このようなアイとのからみの中で、シテは相手を焦らすようで、実は心ここにあらずの放心状態、少将のことしか頭にないという風情を、運歩(はこび)一足一足で表現しなければならないのです。
次に、喜多流の『班女』の序之舞について考えてみます。他流では現在物の場合は中之舞を舞うのが常のようですが、喜多流は序之舞を舞うことがあります。「喜多流の『班女』や『船弁慶』の序之舞はおかしい」という方々がおられますが、これからの説明で序之舞を舞う意味がお判りいただけるのではないかと思います。
まず喜多流の中之舞と序之舞の区分けを整理してみましょう。

 中之舞〜 (大小物) 『飛鳥川』『賀茂物狂』『草紙洗小町』『雲雀山』『湯谷』 
※『松風』
(太鼓物) 『西王母』『猩々』

 序之舞〜 (大小物) 『采女』『住吉詣』『東北』『半蔀』『井筒』『野宮』
『芭蕉』『檜垣』『夕顔』『楊貴妃』『江口』『定家』 
※『千寿』『班女』『二人静』『船弁慶』『紅葉狩』『吉野静』
(太鼓物) 『雲林院』『小塩』『伯母捨』『葛城』『杜若』『西行桜』
『誓願寺』『羽衣』『遊行柳』『六浦』 

喜多流でも、一般には大小物(笛、小鼓、大鼓の三人演奏)では中之舞が現在能、序之舞が夢幻能となりますが、何曲か(※印)異例のものがあります。太鼓物は登場人物が神や精であったりとこの世に現存する物ではないため、現在能としては扱いません。従って曲によって、中之舞、序之舞が決められているだけで、他流とも違いはありません。
 大小物の※印『松風』は、狂女物は中之舞を舞うという決まりがあるため、夢幻能形式でありながら狂女物扱いとして中之舞となります。『千寿』『班女』『二人静』『船弁慶』『紅葉狩』はいずれも現在物ですが「遊女の序」を入れるため、敢えて序之舞としています。
今回の『班女』を例に違いを説明しますと、観世流の中之舞は、班女の恋というものを、その肌の暖かさ、体の感覚、臭いまでも全て生身で舞い表し見せようとするもので、喜多流の序之舞の方は昔の恋を回想する感覚で、一度熱き思いを醒ましつつも又思い出すことにより、より燃焼させた思いを見せるようなものではないでしょうか。
一般に序之舞は死者(霊体)が回想する場面などで舞うものと考えられていて、具体的には笛の吹く早さが「序之舞はゆっくり」「中之舞はサラリ」と違い、序之舞は「序を踏む」という型、つまり緩やかな拍子に乗らない導入部があり、それが吉田の少将への思いの集中であったり、もの思う花子自身の幾重にも連なる思いの凝縮や昇華であったり、遊女独特の舞いの足さばきでもあったりするわけですが、ここにサラリと舞に入らないという喜多流の主張があるように思われます。
 では今回ここをどう演じるかです。『班女』という現在能の序之舞は、『定家』や『野宮』などの夢幻能の序之舞とは違うものと考えたい。それならば目に見える形で序之舞の演出を替えてみたいと、替えの型「摘み扇(つまみおうぎ)」を取り入れて演じることにしました。この型は夢幻能には似合わぬ型、動きで、花子の吉田の少将への想いを扇に焦点を合わせる洒落た演出です。「摘み扇」とは通常の持ち方とは違う握り方で、扇を親指・人差し指・中指の三本でつまみ、顔の前面に差し出し舞う型です。普通、扇は演者の手や体と一体になるように持つのが正しいのですが、「摘み扇」は演者自体は後方に、扇だけが前面に出て、そこに焦点が合たるような景色です。これで私の意識の中では夢幻能とはっきりと区切りがつけられ、喜多流としての『班女』の遊女の序之舞をお見せ出来たように思えました。 
さて『班女』というお能の、悩ましくこってりとした情緒に重きを感じ演じていると、花子と少将が再会しハッピーエンドとなる結末が余りにもあっけなく、能舞台としての充実感が損なわれる気がしてきます。『班女』は、前漢武帝の寵妃が、帝に捨てられ「怨歌行」という詩を作ったという中国の故事に想を得、「扇」の持つ宿命、秋になれば捨てられる、「秋(飽き)の扇」の悲しいイメージと、反面扇は「逢う儀」と音が似ていてめでたいものとされ、再会の願いが込められていると、このような巧みな道具立てを揃えて、遊女のひたむきな恋を描くには申し分ない設定で、捨てられた女の寂しさ、狂おしいほどの恋慕の情、それらを思いを込めて深く謡い上げています。ここまではよいのですが、終わり方が余りにも淡泊で、掘り下げが浅いと指摘する人もいます。『班女』が秋の扇の悲しい想いをテーマにしながら、一転してハッピーエンドに終わるのは、日本での扇のめでたいイメージにそっているとする考えを否定はしませんが、私も終盤の進行には何か物足りなさ、わだかまりを感じます。 
一般にお能では、特に複式夢幻能では、世の中のはかなさ、つらさ、切なさを考えずにはいられない結末で、余韻を楽しませてくれるものが多いものです。 
三島由紀夫も『近代能楽集』の中で「班女」を現代劇にしていますが、この結末は、訪ねてきた吉雄(能では吉田の少将)を、狂女・花子は吉雄でないと拒絶し、自らを永遠に待つ女として閉じ込めてしまう、完全な悲劇にしています。ハッピーエンドでは三島文学にならなかったのでしょう。
現在能の典型である『湯谷』でさえ、宗盛の許しを得ますが、田舎の母親の命は定かでない不安があり、完全なハッピーエンドとはなっていません。それらを考えると、『班女』は安易に落ち着き過ぎています。「捨てられたのではと思う寂しさ、狂おしさ、しかしそれでも男への愛を誓う優しい女心、それも遊女という立場でありながら」などを心に思い演じ終え、この空虚に思える終幕を体感することで、私の中で次なる目標、それは未だ手つかずの本三番目物「夢幻能」への取り組みという夢が動き始めてきたようです。

(平成12年10月 記)

(写真)班女前  東條 撮影
班女後  安彦 撮影
面 万媚 明生 撮影

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