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「今更さこそ、悔しかるらめ、さて懲りよ」まさに『鉄輪』の文句。人には散々「転ぶなよ転ぶなよ」とエラそうにご注意申し上げていた僕が、何と行李など持って転ぶとは。ええ何とも忌々しきことを。今更さこそ悔しいのなんのって。
 余りにも愚かしき所業による報いのもたらした苦痛の大きさ。語るもお恥ずかしき事ながら、持たなくてもよい重い行李をタクシーのトランクから自分で運ぼうとして(因みに運転手さんは軽い方の衣装鞄を持って)喜多能楽堂の楽屋口の階段脇で行李を一先ず下に置こうとした途端、脚のバランスを崩し尻餅。頭を打たないようにと背中を着いたつもりが、したたかに背中を打って転倒。暫くは起き上がれぬままコンクリートの上に横になっていた。女房にやっと助け起こされ、何とか楽屋に入ったものの、あまりの痛さに内弟子部屋で四つん這いになったまま。とにかく病院へと。今まで何度も入院し現在も月に一度は検診に行っている済生会中央病院に連れて行かれ、レントゲン検査の結果は異常ないとのことで、医師は「安静に」と仰ったが舞台に戻り、痛さをこらえて、明生会の社中の『蝉丸』『道成寺』を気力で謡い、番外仕舞の『籠太鼓』を事件を知らぬ人々には全くそれと気付かせぬ舞を舞い納めてヤレヤレ。
 然し四週間を待たず、高知の粟谷会で仕舞『海人』を舞い、広島薪能で明生の奉納の『田村』の地頭を勤め、山口に廻り稽古をつけ一旦帰京、一ヶ月振りの東京のお弟子さんの稽古を一日やって、次の日は大阪へ。なんで四十代と同じこんなハードスケジュールになってしまったのか…とぼやきながら、五月二十一日のユネスコによる第一回世界無形文化遺産の能の会の『景清』はこれ又死に物狂いの舞台となってしまった。
 はじめの内はやさしく和吟の心で対応してくれていた妻も、僕が少しづつ回復してゆくにつれ、声も強吟へと変わってゆく。妻に言わせれば「やさしくしていると、いつまでもいい気になって甘ったれているから…」とのこと。「幼稚園の年少組のままでいいわけないでしょう?」と。妻の色分けは謂わば僕の回復度のバロメーター。
 世の中には八十歳で、或いは九十何歳になっても鍬を振り畠を耕したり、米俵を担いだり、こんなに元気元気と毎日テレビに出てくる矍鑠(かくしゃく)たる老人たちを見ていると、つい自分もそんな気になってしまったのが運の尽き…。ナァンテ悪い事はみんな他人のせいにする僕だが、今回こそは、自分自身に「今更さこそ。悔しかるらめ。さて懲りよ、思い知れェ!」というところです。僕としましては充分過ぎるぐらい後悔してますよ。懲りました。懲りました。
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