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初めて能を見ようとする方や、能とはどんなものなのか、とお尋ねの方に説明するのは、「オペラのようなもの」というのが一番判りやすいようです。外国の方だけでなく日本人にも、そう言うと直ぐに納得していだけるのは、まことにおかしな話ではあります。つまり日本人も、日本のクラッシック芸能より西洋のクラッシック芸能の方が良く判っているということで、オペラは常識的な知識としてインプットされ、日本の能といったら皆目見当がつかないという人々が大半ということがオカシクもあり、日本人として、ちょっと悲しくもあり…というところでしょうか。
ところで今回お話しようとする地謡はオペラのコーラスに当たります。但し能の地謡には必ず地頭(じがしら)がおります。つまりコーラスリーダーですが、地頭の良し悪しで地謡が良くも悪くもなるのは当然です。そしてこの地謡が良いか悪いかでその時の能の良し悪しも決まります。地謡が良ければシテは演じ易く、囃子方も大いにノッテ、技を発揮しようという気にもなってくるのです。
地謡は通常、8人が舞台に向かって右の地謡座というところに座ります。喜多流では後列の客席に近い方から数えて2人目が地頭の座る位置、流儀によっては笛座に近い方から数えて2人目が地頭の座る位置となっている場合もあります。
素謡(能一曲を謡だけで奏す)の時は喜多流は膝の上に扇を両手で持って謡いますが、能の時は各流通じて右手に持った扇を立てて謡います。この扇を立てて持つまでの作法は各流異なります。
地謡は情景や物語の運び、故事来歴等を謡うのですが、脇やシテの科白となる部分を謡うこともあります。
ここで又ちょっと面白いお話。宮島の桃花祭(毎年4月16日〜18日)の時、厳島神社で御神能という奉能があります。初日と3日目のが喜多流、2日目が観世流の受け持ちで行われていますが、素人でも御榊料をお納めして能を舞ったり、地謡にも出ることが出来ます。4〜5年前、我も我もと地謡に出る希望者が多く、前列と後列共に10人ずつ、気がついたら脇座のところ迄座ってしまっていて、脇が出ていったものの座る場所が無かったなどということや、地謡同士が舞台や楽屋で日頃着慣れない長裃の裾を踏み踏まれ、つんのめっては危うく転びそうになったりという事がありました、子供の頃から長年親しみを以てそう呼んで来た「宮島さん」の御神能ならではの珍景です。

(写真 地頭 粟谷菊生 撮影 宮地啓二)

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