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能『正尊』には起請文といわれる、読み物の重い習がある。
『安宅』の勧進帳、『正尊』の起請文、そして『木曽』の願書、これらは三読物といわれている。喜多流には『木曽』がないため、残念ながら三読物にはならないのだが、実は宗家に願書の部分だけがあるというのは意外に知られていない。
起請文は流儀では特に重く大事に扱っている。そのため謡本を見ていただくとお判りになるが、起請文の部分には細かな節扱いや、上中下や拍子のとりかたの記載がなく、習わなくては謡えないようになっている。正式に伝授された者だけが謡本に朱書きをして習得し、後世に伝承する。今どき、なんて閉鎖的と驚かれると思うが、改善される気配は全くない。少し意固地な感じがしないでもないが、私は「喜多流らしくてよいのです」と答えるようにしている。
近年、私の知る限りでは『正尊』を勤めた演者は、現宗家喜多六平太氏、故友枝喜久夫氏、そして父、粟谷菊生の三名である。十六世喜多六平太氏は昭和42年に勤められ、私は静役の子方を勤めている。故友枝喜久夫氏は昭和57年に、その時私はシテツレの江田源三役を勤めた。お二人の先達と同じ舞台を踏んでいることに我ながらちょっと歴史を感じてしまう。そして平成8年の粟谷能の会で父の『正尊』。残念ながら此の時は、その前に自分が『隅田川』のシテを勤めていたので、同じ舞台に立てなかった。
起請文の節扱いについては、我が家には、祖父益二郎直筆の朱書き付きの伝書があり、表紙に他見不許と赤く大きな字で書かれている。祖父の苦労や功績が感じ取れる逸品でおおいに参考になっている。
6月4日の「二人の会」では香川靖嗣氏が、この大曲を披かれる。人数物で子方も必要なこの曲は、流儀ではそう何度も見られるものではないので、この機会に是非ご覧いただきたいと宣伝の意味も込め、ここに記してみた。

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二人の会のチラシ
写真は平成8年の『正尊』シテ 粟谷菊生、江田 粟谷浩之、熊井 粟谷充雄
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