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 法隆寺の「百済観音像」はあまりに美しく、いくら見ていても飽きない。今まで数回は見ているはずだが、きっとしっかりとした意識がなく見ていたのだろう、今はすっかりその魅力の虜になってしまった。
 
  お顔は飛鳥時代特有の面長な美形で、なんといってもその容姿がすばらしい。特に心惹かれるのは手の美しさだ。身体の中心から直角に折れ曲がる右腕は肘から手首まで真っすぐに突き出し直線美を放っていて、手首から先の掌や指は、実に柔らかく曲線美の世界だ。
 幸流の小鼓の打ち方の一瞬にあれがあるのだ。よく似ていると思う。そして、しなやかな左腕もまた真っすぐにやや下に伸び、宝瓶を軽く摘まむ二本の指と残りの三本は今にも動き出しそうで、生き生きとして生命が感じられる、まさに絶品である。思わず触れたくなるといわれるのは当たり前、私も同感、許されるのならば、そっと撫でてみたい。
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 この手の美しさは私の理想とする喜多流の構えや型に通じる。肩は当然力まず、肱から手首までは真っすぐで素直なのがよい。そして重要なのが手首から先で、余計な力を感じさせてはいけない。つまり観客の肩が凝らないように、妙な緊張感を感じさせないことだ。野暮で無神経な動きの手や指は観客を興ざめさせてしまうだろう。
 能役者はこの仏像の両手をよくよく見習うべきだと思う。柔らかでありながら、力は漲っていてエネルギーが伝わってくる。見る者に広がりゆく世界を感じさせるであろう。模範となる構えや型に通じるこの理想のスタイルを拝みながら、自分も稽古の中からもっと真髄を追及していかなければいけないと思い、ここに書き記すことにした。
百済観音はさしずめ、現代のスーパーモデルのようである。2メートルを越える身長、痩せた面長なお顔に八頭身のスリムなボディー、もう文句の付けようがない。このスタイルは飛鳥時代の特徴の一つだ。
 蛇足ながら平安時代の仏たちは時代の風潮からか、ふっくらとした肥満型に変化しているように思う。これもまたそれなりに魅力ではあるが、やはり痩せているほうが…。
なによ、自分のことを棚に上げて!とお叱りを受けそうなので、この辺で筆を置くことにする。


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