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粟谷能の会  »  第6話 揚幕(あげまく) Welcome to 粟谷能の会. [Login] [Register]

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揚幕は橋掛りと鏡の間を仕切る幕です。喜多流では、表地の配色が左から順番に緑、黄、赤、白、紫となっています。この五つの色は古代中国で体系化された五行思想(ごぎょうしそう)の五正色(青、赤、黄、白、黒)に由来すると聞いています。それぞれの色は、自然界の大切な五元素、青(揚幕では緑)は木、赤は火、黄は土、白は金属、黒(揚幕では紫)は水を象徴しています。木が燃えて火がのぼると、その灰が土に還ります。土には金属(鉱物)が存在し、その隙間をぬって水が湧き、草木に吸い上げられます。つまり、五行は循環するという思想で、根底には自然に対する畏敬の念があったのでしょう。鮮やかな表地とは対照的に、裏地には白一色の布が縫い付けられているので、鏡の間から見る幕は一枚の白い布に見えます。また、裏側の両端には二本の竹が取り付けられており、揚幕の上げ下げに使います。
喜多能楽堂の揚幕


竹を取り付けている部分



彦根城能舞台の揚幕


国立能楽堂の鏡の間より揚幕を見る


国立能楽堂の竹の棒


幕上げ 撮影協力 高林呻二氏 渡辺康喜氏

幕の上げ下げは、通常、若い内弟子の仕事で、私も中学生の頃からお手伝い致しました。最初に、先輩より簡単な作法の手ほどきを受けますが、特に時間をかけて指導されるということはありません。修行過程の一つとして、向かいにいる先輩の所作を見ながら、実地経験を積み重ねて心得を身につけていきます。
幕の上げ下げにも、上手な良い上げ方とそうでないものとがあります。上手な上げ方は、幕が左右同時に捲れるように上がり、演者が浮かび上がるように見えるものです。反対に、左右のバランスが悪く、いかにも二本の竹で掬い上げているようなときは良くありません。幕が上手に上がると、演者は張りつめた気を歩みにのせ安く、心地よい緊張感で舞台へと歩み出せるのです。また、幕を下ろすときは、布が滑らかにスルスルと下がることが肝心で、演者を橋掛りに押し出すような気持ちを込めてと教わりました。

幕の上げ下げに変化を付けることで、演出効果を出す場合があります。たとえば、半幕という特別な上げ方があります。元来は装束の着いたことを舞台に知らせるためのものでしたが、『船弁慶』(真之伝)や『清経』(音取)などでは幕を半分まで上げ、波間に浮かぶ知盛や夢の中の清経の存在をあらかじめ示すことで、通常とは違う演出効果が生まれます。また、『江口』では待謡(まちうたい=ワキが後シテなどの登場を待っている情況を謡う)の最中に、半幕で舟の作り物を見せることによって、後場の消息を暗示させます。


通常の半幕の上げ方

喜多流では、『石橋』と『望月』の獅子のみ、後見が二本の竹を一本の棒のように重ねて幕に巻き付け、乱序(らんじょ=獅子の序奏部分)が始まるのを待ちます。乱序になったら二人の後見は呼吸を合わせ、後シテの胸元まで幕を巻き上げ、獅子の前触れを示します。幕を床に対して水平に上げ、直線を引いたような状態で静止させると、冴えた鋭い美しさを演出することができます。太鼓がクズシの手になると、幕はいったん下げられます。そして、露の拍子(つゆのひょうし=小鼓と大鼓だけの演奏部分)に変わったら、いつもより力強い「おまくッ」の声(幕を上げる合図の声)と同時に、一気に勢いよく上げます。勢いよく幕を引き上げることで、獅子の威厳が表現でき、壮麗で豪華な躍動美を予感させるのです



写真 望月での半幕 粟谷明生 撮影 石田 裕

『石橋』や『望月』のように位の重い曲(=演じることが難しい曲)は後見が幕上げを致します。ご高齢の後見で幕上げが無理な場合は、若い未熟な者ではなく、経験を積んだ者が代行します。シテの出の微妙なタイミングを理解し、演者を舞台へ送り込むのも、私達能楽師の仕事です。
この他、片幕という開け方があります。片幕では竹の棒を使わず、楽屋働きの者が楽屋側の幕を直接手で寄せて開け、お囃子方の舞台への出入りや、アイ狂言方が途中で舞台に出られる場合に使われます。演者としてシテ方やワキ方の出入りでは、このような開け方はしません。


片幕       撮影協力 高林呻二氏 渡辺康喜氏

昔は、後見はシテが橋掛りを過ぎ舞台に入ると、自分自身で片手にて片幕を開け、橋掛りを歩いて後見座に向かったので、自身幕とも言われたそうです。現在は舞台進行上、演出上に支障があるため、これはほとんどやられていません。 
このように、いろいろな幕の上げ方、開け方があります。幕の上げ方に注意して能をご覧になるのも、今までとは違った面白さを発見できるかも知れません。

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