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トップ  >  切戸口  >  「荻原達子さんを偲んで」への寄稿 平成19年夏
「荻原達子さんの忘れえぬ言葉」

粟谷明生


平成15年、能楽座つくば公演で父粟谷菊生は『景清』を勤めた。
父は80歳近くだったが、荻原さんに「菊生さん、何か舞って下さらないかしら?」と依頼された。
すると父は「万事息子と甥の能夫に相談することにしているから、とりあえず明生に聞いてみてくれ」と答えたらしい。

その後、電話があり、私は「父の今の十八番は『景清』です。
もう『景清』しかお薦め出来ませんが〜」とお答えすると、
「それでいいわ」と快く承諾された。

それまでも依頼がくれば、「父の『景清』は良いですから」と皆様にお薦めしてきたが、さすがにその回数も増えてくると、
「また『景清』? ほかにないのですか?」といわれるのではないかと、内心心配していたのだが、その時荻原さんは「いいわ」と即断されたのである。

そして電話の向こうから「明生ちゃんね、あの人はあの曲しかやらないね〜、なんていう役者がいてもいいのよ、それが本物なら」と聞こえてきた。この言葉が忘れられない。

つくば公演当日の楽屋で、荻原さんが同じように父に話しているのを、私は聞いてしまった。

そのあと父は嬉しそうに「そうね、ではまたお見せいたしましょ!」といい、またいつもの景清に変身していった。それが昨日のことのように思い出される。
ご冥福をお祈り申し上げます。合掌

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