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『采女』小波之伝の新演出
大槻自主公演にて
粟谷明生

『采女』のレポートを書くにあたって、まず初めに、私に大槻自主公演(平成20年9月5日)での演能の機会を与えて下さいました大槻文蔵氏に深く感謝の意を申し上げたいと思います。
父(故・粟谷菊生)は大槻自主公演発足時より、喜多流を代表して、この会に客演したことをとても喜び、誇りにしていました。
異流公演となった『隅田川』(シテ・大槻文蔵氏、地謡・喜多流・地頭 粟谷菊生)の終演後、父が「よい思い出になるな」と笑顔で話していたのが、ついこの間のように思い出されます。父亡きあと、私にお声をかけていただきましたこと、父同様、私も大変光栄に嬉しく思っています。

ここで裏話をしますと、今回大槻文蔵氏からの出演依頼の曲は『邯鄲』でした。
しかし、『邯鄲』は、今年の春の粟谷能の会に予定されていましたので、演能意欲やチケットの売れ行きなどを考え、『采女』小波之伝では、とお返事しました。
すると「夜の公演で開始時間が遅いので、『采女』は長過ぎませんか」とのご意見でしたので、一時間程度で終わる小書「小波之伝」のご説明をさせていただき、ご了承いただいたという経緯がありました。
 
でははじめに、普通の能『采女』はどのような場面展開かをご紹介します。
前場は春日大社の縁起物語が多くを占めています。
一人の女(前シテ)が登場し、春日大社を建てた際、藤原氏が木を植えると春日明神が喜んだので、それ以後、参詣者は木を植える風習が流行った由来を語り、「盛りなる藤咲きて」と藤原家を賛美します。
前場の後半にようやく、采女という女性の仕事の役割の紹介や采女の入水の物語を語り、実はその釆女の霊と名乗ります。(中入)
後場は釆女の霊が女人でも成仏出来た喜びを中心に、法華経の賛美、クセでは安積山の故事の話、また藤原家の治める御世の祝言などが入り、作品の内容は豊富で、演能時間は二時間近くにもなります。このあまりにも長い演能時間とやや冗漫な作風のためか、我々能楽師は一度は勤めてみても再演となると、つい敬遠しがちになっています。

先代十五世喜多実宗家は晩年『采女』を再演される時、体力面で長時間の演能はきついと判断され、この主題満載の構成を短縮した小書を創案されました。
これが、当初『佐々浪之伝』と命名し、二回目以降『小波之伝』とされた小書です。
小書作成には土岐善麿氏が御相談役を引き受けられ、詞章部分は土岐氏の意見が反映されています。
しかし、残念ながらテーマの絞り込みの曖昧さなどを指摘する向きもあり、この小書はあまり評価されませんでした。

私は小書「小波之伝」を、能『采女』にこめられた主題を外さずに、しかも、喜多流能楽師が敬遠しないで、もっと身近に勤められるものにしたいと考え、粟谷能の会・研究公演(平成9年)において新演出を試み、その後、粟谷能の会(平成15年)に再度演出を変えて勤めました。今回、過去の二回の経験をふまえ、さらに工夫を重ね、テーマを一つに絞り込んで、コンパクトでありながら能として充分楽しめる曲作りを目指しました。


では、今回の改訂版「小波之伝」について、テーマと短縮された物語の展開をご紹介しながらレポートします。

采女とは、古代天皇の身の回りの世話に従事した女官です。彼女たちは地方豪族の容姿端麗な娘たちで、能『采女』は一人の若い采女を主人公としたものです。
小書「小波之伝」は、通常の『采女』の春日大社の縁起や藤原家を賛美した部分を削除し、采女の女が現世の苦患を超えて仏果得脱して清逸な境地を得ながらも、さらに昇華を望む物語として再考しました。
采女の女は入水し、地謡は「君を怨みし儚さは」と謡いますが、それは現世でのこと。
来世までも怨みや悲しみを引きずるのではなく、むしろ、死後の浄土の世界を美しく繰り広げるものです。そのため仏教賛美の色合いが少々濃くなりました。
女人も成仏出来ると説く法華経の教えは、女性はまず龍女となり次に男性へと変わって成仏するという考え方で、現代の女性にはご不満で腑に落ちない部分もあると思います。
しかし男女を問わず、人間の輪廻転生、生まれ変わる、という東洋人特有の願望を基盤にして一曲の組み立て方をしてみては、そこに焦点を当てるのはどうだろうと、改訂しました。

では舞台進行とともに改訂したところと私の意見をご紹介します。
都の僧(ワキと従僧ワキツレ二人)が奈良春日大社に着き参詣しているところに、ひとりの女が数珠を持ち、アシライ出にて本舞台に立ち「吾妹子が寝くたれ髪を猿澤の池の玉藻と見るぞ、悲しき」と和歌を詠みます。
僧が女に猿澤の池を尋ねると女は池へと案内し、采女の女が身を投げたこと、その謂われなどを語り、僧に供養を頼み、実は自分がその霊だと明かして池に消え、中入りとなります。
僧は里人にも采女の入水の話を聞き、夜の読経を池のほとりではじめます。
すると采女の女がありし日の姿で池の底より一声にて現れ、橋掛りの一の松辺りに立ち、読経の礼と成仏の喜びを僧に述べます。そして僧と釆女が「悉皆成仏は疑いない」とお互い確認しあうと、地謡はこの小書のテーマとなる「ましてや人間に於いてをや、龍女が如く我もはや、変成男子なり、采女とな思ひ給ひそ。而も所は補陀落の、南の岸に到りたり。これぞ南方無垢世界、生まれんことも頼もしや」を謡います。

恥ずかしながら、私はあの世とか浄土とは、何もしなくてもよく、楽に幸せに暮らせるところ、と想像していました。しかしどうもそう簡単で気楽なところではなさそうです。
仏教も、その教義はいろいろ様々でしょうが、ここでは能『釆女』の取り上げている法華経を主に考えますと、また男女差別のこととなり恐縮ですが、西方浄土は男性が、南方世界は女性が来世に行くところと区分けされていて、補陀洛は南方の観世音菩薩の修行の場です。
私は菩薩になれればそれなりに幸せでいられると思っていましたが、さらにその上の世界、如来の境地まで修行しなければ最高位にはなれないことを知りました。菩薩は涅槃に到るための修行の段階なのです。僧に幾重にも回向を頼むのはそのためかもしれない・・・・。
そう考えると、舞台上では池の底から現れる采女であっても、実は補陀落浄土という天上界の高いところから降りてくるイメージが思い浮かび、そのように、と勤めました。

話を舞台進行に戻します。
その後は、本来あるべき春日明神の賛美や、采女の安積山の歌物語などを省き、序之舞へと続けました。
「生まれんことも頼もしや」と僧へ合掌した後に、詞章を観世流の小書「美奈保之伝」のように「取分き」を「さるにても」に替え「さるにても忘れめや、曲水の宴のありし時、御土器(かわらけ)たびたび廻り、有明の月更けて、山杜鵑誘い顔なるに、叡慮を受けて遊楽の」に移行し、采女が帝に仕えていた時代の雅な情趣を少し添えました。
大胆な削除であっても、『釆女』という曲がもつ雰囲気、香気といったものを、残しておきたいと思い、ここは敢えて削除出来る個所であっても省くことをやめました。
昔、お酌をしながら眺めた、有明の月、山杜鵑の声も聞こえ、と遊楽ははじまるのです。
そして時間短縮でこの小書を面白くさせるもうひとつのカギ、それが序之舞の構成です。
今回の改訂では、序之舞の導入部分とその構成に心を砕きました。
前回は序之舞に凝りすぎて時間もかかり過ぎた反省があったため、その辺も考慮して、
あまり鈍重ならず、しかもしっとりして優美に、主人公が次第に昇華していく様を表現出来ればと考えました。

(ここからは楽屋内の細かい話となりますので、ご興味が無い方は、次の面の話へと読み飛ばして戴いて構いません。)

序之舞への導入は、通常、拍子不合(ひょうしにあわず)のリズムに合わないノリで和歌が詠われ、途中から笛が吹き出します。
例えば、『半蔀』ならば、地謡が「折りてこそ」と謡う途中から笛が吹き始め、序之舞が
はじまり、舞が終わるとまた繰り返すようにシテは「折りてこそ、それかとも見め、黄昏に」と和歌の全部を詠むのが定型です。
前回は「生まれんことも頼もしや」の後に先代宗家がなさった「吾妹子が・・」をいれて序之舞としましたが、今回は、普通ではない特別な対応をお囃子方(笛 杉市和、小鼓 成田達志、大鼓 白坂保行)にお願いし、この異例なことを了承していただきました。
地謡の「誘い顔なるに、叡慮を受けて遊楽の」という拍子に合った謡の直後に笛が吹き出し序之舞に入るという新形式です。序之舞の構成は掛・初段・二段と短い三段構成としました。初段オロシでゆっくりと池を見込む型が入り、次第に補陀洛世界へと昇華していく境地へと気持ちも高揚し、ノリも次第に早まり最高潮となります。
二段目は短く、橋掛り(一の松)へと移動し、舞の留めは『松風』見留の破之舞を真似て、譜は呂に落とし、「猿澤の池の面」と謡います。
それ以後本舞台には敢えて戻らず、僧から遠ざかりながらも、池の底へ戻りながら回向を願う型としました。

では今回使用した面についてご紹介します。
シテの面は喜多流では小面が決まりですが、私は前回粟谷能の会と同様に「宝増」を使用しました。この面は岡山の林原美術館にある「宝増」の写しですが、小面と増女の中間、かわいいと大人びた表情の双方の幽艶さがあり、私は気に入っています。
実は、前回は九世観世銕之丞氏にお願いして銕仙会所蔵の宝増を拝借しました。
そのとき、銕仙会の笠井賢一氏より、「あの面、君にとてもよく似合っていたよ」と言われ、それが忘れられないでいました。
父が愛用面とした「堰」の小面も先代喜多実先生から「菊生、いい面だね、おまえには勿体ないくらいだ」と言われたことがはじまりです。
面との出会い、面への信頼は能楽師の演能に大きな心の支えとなります。
以前から我が家にも「宝増」があれば、と思っていましたが、近年その願いが叶いました。今回この「宝増」が小波之伝や、私に力を発揮してくれたのでは、と私は信じています。

以上が今回の演能レポートですが、総括して振り返ると、
改訂小波之伝は、補陀落浄土という無垢世界に生まれ変わった喜びを優艶に美しく表現することが主題となったということです。
今回三度目の挑戦で、ようやく『采女』小波之伝の新芽が出はじめた感があります。
将来、どなたかにシテを勤めていただき、私は地謡にまわり別な視線、観点で舞台を創り上げたいと思っています。

最後になりましたが、この小書演出にご理解をいただきご指導と地謡を謡って下さいました、我が師友枝昭世師に深く感謝申し上げます。
また改作にご協力いただきました方々、「小波之伝」出演者の皆様、鳥居明雄氏、木澤景氏、横山晴明氏の方々にも厚く御礼申し上げます。
(平成20年9月 記)
写真 『釆女・小波之伝』
シテ 粟谷明生 
撮影 森口ミツル
 
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