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『土蜘蛛』を再演して


栃木県宇都宮市で文化庁「地域芸術振興プラン推進事業」として、喜多流の能『土蜘蛛』が市文化会館小ホールで催され(平成22年2月17日)、前シテを粟谷能夫が後シテを私が勤めました。

『土蜘蛛』は演能出来るまでの舞台裏の仕込み作業に時間がかかる曲です。
塚の作り物を作り、柱に巣を巻きつけ、大きな一畳台の運搬もありで、地方公演ではどうしても敬遠されがちです。出演者も多く、シテの他にツレが頼光、胡蝶、太刀持と3名、ワキもツレを数名出しますので大人数となります。そして投げる巣糸そのものの購入にもコストがかかるので、いろいろ物入りで、経済的に余裕がないと上演出来ない曲、というのが舞台裏の事情です。

私が最初に『土蜘蛛』に携わったのはツレの胡蝶役を勤めた時、まだ13歳(昭和43年、シテ・粟谷新太郎)でした。当時は若年のため面の使用が許されず直面で勤めました。それから3年後、16歳の時にシテの初演となりました。


その時は、頼光に粟谷能夫、胡蝶には弟の知生、太刀持に父の愛弟子・丸山邦夫氏という粟谷関係者で配役し、ワキも私と同じ年の森常好氏がやられ、お父様の森茂好先生がツレをなさいました。


間狂言は野村耕介氏(故野村万之丞氏)でした。当時、出来るだけ若い人でやろう、と粟谷兄弟能の伯父や父たちの考えで出来た企画だったことを覚えています。
その後、頼光や胡蝶は何度も勤めてきましたが、今回のシテは38年ぶりとなり、当時の巣糸を投げた感覚を思い出すのに時間がかかりました。


『土蜘蛛』の物語は、病床の源頼光のところに胡蝶が薬を持って見舞いに来ます。気が弱っている頼光に胡蝶は慰めの言葉をかけ退出しますが、病室にはいつのまにか僧(前シテ)が近づいてきています。不審に思った頼光は名を尋ねますが、僧は蜘蛛の巣糸を投げかけ蜘蛛の本性を現して頼光に襲いかかります。しかし頼光が太刀で蜘蛛を斬りつけるとそのまま姿を消してしまいました。物騒ぎを聞き駆けつけた独武者(ワキ)はことの子細を聞くと、蜘蛛の血のあとを追い退治に出かけます。血は葛城山の古塚にと続いていて、塚を崩すと中から土蜘蛛の精魂(後シテ)が姿を現します。巣糸を繰り出して武者に抵抗しますが、遂に斬られ退治されてしまいます。
という単純な鬼退治の物語です。

鬼退治の能は『大江山』や『羅生門』などがありますが、『土蜘蛛』は実際に蜘蛛の巣糸を投げて見せるショー的なところが観ていても楽しく面白い能です。特に子どもさんを対象にした催しや、中学高校生などの学生能などでは人気が高く、たくさん観せてあげたいのですが、諸々の経費の事情で、なかなか上演しにくくなっているのは残念なことです。



『土蜘蛛』を勤める時、どうしても蜘蛛の巣糸がきれいに投げられるかが気になります。私も演じる寸前まで心配でしたが、綺麗な投巣のショー的な要素だけで終わってしまうと、単なるドタバタ劇能となり、本当の能とは言えません。能としての面白さは、演者の技巧もさることながら、土蜘蛛族という先住民の被害者の恨みをどのように演じられるかにかかっています。
大和朝廷から侵攻、侵略された土着民の悲哀がどこかに表現されなくては、この能は面白くないと思います。今回、私は後シテだけを勤めましたが、常の「シカミ」の面ではなく、敢えて伝書に書いてある替の面「長霊ベシミ」を試してみました。先日の『青野守』(能楽座日立公演:2月11日)で使った「黒ベシミ」でもよいかと思いましたが、能『熊坂』の専用面「長霊ベシミ」のほうがどこか間が抜けて滑稽な人相をしていて、なんとも憎めない敗北者のイメージにピッタリだと思ったからです。
ご覧になられた方々のご感想をお聞きしたいものです。


若い時は、どうしても投巣の時に焦ってしまい、うまく投げられないでハプニングも起きます。しかし本来は落ち着いた威勢の中に土蜘蛛族の精魂の復讐心を演じることが大事で、千筋の糸を吐きかけ独武者たちを苦しめながらも、勢いが次第に弱って最後は退治されてしまう、その無念さをも演じなければ土蜘蛛を勤めたとは言えないと思っています。

退治される鬼たちの悲劇は、我々芸能者にも通じるものがあると感じます。
侵攻する朝廷側について演じる猿楽師。その能役者は朝廷側が退治する鬼という敗北者を演じなければならない境遇にあるのです。何故か土蜘蛛の精魂を演じていてこの先住民に同情したくなるのは、不思議なことではないのかもしれない、勤めていて、そのように思いました。
(平成22年2月 記)

(写真資料)
『土蜘蛛』後シテを楽屋裏にて シテ粟谷明生 撮影 森 常好

16歳の前シテ 粟谷明生 撮影 あびこ喜久三

16歳の後シテ 粟谷明生 ワキ 森 常好 撮影 あびこ喜久三

楽屋鏡の間にて 
シテ 粟谷明生 頼光 粟谷能夫 胡蝶 粟谷知生 
撮影 あびこ喜久三

後シテ粟谷明生 後見 粟谷菊生 撮影 あびこ喜久三

面 「長霊ベシミ」 粟谷家蔵  撮影 粟谷明生

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