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一角仙人について
― 将来を担う能楽師たちとの共演 ―

                                粟谷 明生



能『一角仙人』はインドの「マハーバーラタ・リシャシュリンガ(鹿角物語)」が原典で、中国や朝鮮を経由し日本に渡来したものですが、歌舞伎では『鳴神』となりました。

天竺婆羅奈(テンジクバラナ)国(インド中部・ガンジス川流域)の帝王の臣下(ワキ)が「この国に、鹿の胎内から生まれ、額に角が一本生えている一角仙人(シテ)がいる」と名乗るところから始まります。サラリと語られる異常な状況、若い時分はあまり何も考えずにいましたが、演能にあたり、また馬齢を重ねてくると「鹿の胎内に宿り出生したる故に…」は、なんとも猥雑な世界を連想してしまいます。

原典では「天竺波羅那国の仙人が、鹿の夫婦が交尾するのを見て、つい興奮して、うっかり草の上に精液を洩らしてしまい、その草を食べたメス鹿が、鹿と人の混血児を孕んでしまった」とあり、なんとなくご愛敬でほほえましくもありますが、私はどうしてもいやらしい人獣性交を想像してしまいます。つまりこの一角仙人は特別な修行を積んだ神聖な仙人ではないので、そこをどのように演じるかが鍵になると思いました。

額に角がある仙人(シテ)をどのように見せるか?
昔、喜多流ではシテの黒頭に角を取り付けていました。そのため父や伯父の写真を見ても面には角がありません。近年、粟谷家では数面ある真角(しんかく)のうち一面を、額に穴を空けて角を付け加え、『一角仙人』専用にしました。父も能夫氏も使用してきましたが、この角は長さが10センチ程度のため、黒頭の場合、角が隠れてよく見えないのが弱点でした。仙人の象徴が目立たないのでは効果がないので、角を強調したスタイルができないかと考えていました。
それで、今回初めてバス鬘を試みました。はじめは、やや不安でしたが、楽屋で装束と鬘、そして面を付けてみると、角の長さがほどよく見えて、奇怪な仙人の雰囲気が発揮されたのではと思っています。ご来場の皆様はどのように思われたか、お聞きしたいと思います。


『一角仙人』は作物も登場人物も多く人手がいる曲目です。一畳台と岩に子方二人を隠して脇座に置きます。シテは萩屋の中に入り引廻を掛けて大小前に置かれます。この作業だけでも6名の働と2名の幕上げが必要です。ツレの旋陀夫人は臣下(ワキ)を引き連れ、輿舁(ワキツレ)2名を従えて登場しますが、この段階で舞台上には役者だけでも7名がいることになります。ほかに地謡、囃子方、後見と、なんとも大勢の人々が舞台の進行に携わっています。

今回、シテははじめての経験でしたが、今述べた、頭毛の他に、もうひとつ持ち物を工夫しました。通常はシテが唐団扇でツレは中啓を使用します。しかしシテが綺麗で優雅な唐団扇を持つのは似合わないと思いました。奇怪な仙人らしい厳ついデザインの物‥‥なにかそのようなものを持ちたいと思い、いつものように他流の方々に教えを乞いました。銕仙会の方から魔王団扇(まおううちわ)の存在を教えていただき、是非とも使用したいと、いつも御世話になっている観世銕之丞氏にお願いして拝借しました。
「それならばツレも唐団扇にした方がよい」と能夫氏のアドバイスもあり、ツレも中啓に替えて唐団扇を使うことにしました。

今回のツレに、私の教えている佐藤陽を、まだまだ未熟ですが、玄人は早く舞台に慣れ、本物に少しでも早く近づかなくてはいけないと思い、大抜擢いたしました。幸い粗相もなく真摯に勤めてくれたのがよかったと思っています。

この物語では、一角仙人が神通力で龍神を封じ込めたため、数年雨が降らないことから、これを何とかしようとして、帝が絶世の美女・旋陀夫人をつかわせ、その魅力で仙人の通力を失わせようという作戦を立てます。
『一角仙人』のメインは、夫人の魅力的な舞姿に仙人もいつしか誘い出され共に舞う、シテとツレの相舞です。仙人は誘い出され踊り出し、そのうち夫人に触りたくなる、触ろうとすると拒否される、そのような型どころもありますが、そこを坦々と演じるか、コミカルに演じるか、また艶っぽさを出して演じるか、演者の性格が出るところです。

私は一角仙人を勤めるにあたって、仙人が必死に誘惑に抵抗しているところが隠れないようにと、勤めました。
来るな! というのに来てしまう訪問者たちに、ではちょっと姿だけ、と現れ、酒は呑まない! と断るのに、お酌を受けないのも情けがないかな、と飲んでしまう。
見たこともない美しい女の舞に目を奪われ、しかしその自分に気が付き必死に平静を装い、己を取り戻そうとする、仙人の抵抗や揺れを見ていただきたいと思いました。
父は旋陀夫人が舞い出すとじっと追い続けて見ていましたが、私は、いやいやこんなことをしていてはと誘惑に負けまいとする一面も見せたいと思い、見続ける型をせずにいました。しかしそんな柔な決意を崩すのは、足拍子です。この相舞で、いつの間にか旋陀夫人のペースに乗せられてしまう仕掛けは足拍子にあると思います。
トントンと踏まれる音と、女の身体の動きに、完全に魅了され、仙人はもう自分自身を止められなくなり、夫人のお尻を追いかけて真似を始めます。
まずは、足拍子から、次第に見よう見まねで手も動かします。もう止まりません。ついつい夫人に触れようとします。なんとなく日常の人間界にもありそうなことを、この相舞から感じられるのは、私だけでしょうか?


父のツレをしたときに、シテが足拍子を踏んだら、「あらあら引っかかったわね。さあ付いていらっしゃい」という誘う気持ちで舞え、と教えられました。
今回、佐藤陽君にその事を伝えました。それが出来たかどうかは別として、ひとつの伝承が出来たことは事実です。

さて、この相舞の間中、子方は岩の中でじっと待っていなくてはいけません。
幼い龍神達(金子天晟君・友枝大風君)には辛抱の曲です。普通は、出番前ギリギリまで赤頭を付けずに岩の中にいますが、今回は、それぞれの父親の教育なのでしょうか、最初から赤頭をつけていましたので、辛抱と我慢の繰り返しが小さな龍神達を苦しめていたと思います。
そのようなストレスがあるからでしょうか。岩が割れ、鬱憤を発散するかの如く、二人のかわいい龍神達は、必死に教わった通りに動き回ってくれました。その健気な可愛い奮闘ぶりに、相手役の明生仙人も完全に負けてしまい、逃げだしました。



今回、ツレ佐藤陽、地謡の前列の一員として息子・粟谷尚生と、教え子たちと同じ舞台に立てたこと、そして彼らに舞台を勤めるうえでの指導が出来たことを喜んでいます。それでも、最後は子方達にお手柄を全部持っていかれた、明生仙人ですが・・・。
私ははじめ、この曲はシテの執心があるわけでもなく、遣り甲斐の少ない曲だな〜と思っていましたが、勤め終えると、将来の能楽師たちと舞台を共に出来た喜びに満足し、それでいいと思う一方、そういうことを感じる年齢になってしまったか〜と、やや複雑な心境になっています。
(平成23年3月6日 粟谷能の会にて 同年3月 記)
写真 1
一角仙人 シテ 粟谷明生 撮影 森英嗣
写真 2,3,4
一角仙人 シテ 粟谷明生 ツレ 佐藤 陽 子方 金子天晟 友枝大風 撮影  前島写真店
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