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『翁』付『養老』を勤めて
―前シテの面「小牛尉」へのこだわりー
粟谷 明生

平成23年(4月16日)厳島神社桃花祭・神能で『翁』を勤めました。
神能は正式な『翁』からはじまる5番立番組で、『翁』のシテは脇能も勤めます。
脇能は『高砂』『弓八幡』『養老』の三曲を毎年順番に奉納する決まりになっています。

(写真2)
前年(平成22年)の脇能は『弓八幡』でしたので、今年は『養老』でした。
私の『翁』付『養老』は平成11年以来、実に12年ぶり。12年前の事を思い出しながらも、また東北の被災された方々へ神のお恵みがありますようにと、「天下泰平、国土安穏」と気持ちを込めてご祈祷の謡を謡い、勤めました。



(写真3)
喜多流の脇能の神舞物は五曲あり『高砂』『弓八幡』は本格、『養老』『志賀』は少し格下、『絵馬』は別格と区別するように謡本に書かれています。参考曲に『御裳濯』がありますが、現在絶えています。


(写真4) 
笛方は神舞の位を、真(しん)と草(そう)に分け、本格は真の舞、格下は草の舞と扱っていますが、シテ方の動き(型)は変わりません。違いは、初段オロシの譜が男舞の譜に変わるだけです。もっとも最近では、シテ方の注文がなければ、草の場合でも真の扱いで吹いていると、森田流の杉市和氏は仰しゃいます。

『養老』は世阿弥作の脇能ですが、前場にクセがない簡略形式となっていることや、大口袴をはかずに着流し、面は三光尉というような装束附けや面の選択の影響でしょうか、『高砂』や『弓八幡』の本格2曲より格下扱いされています。
しかし私見ですが、『養老』の後シテは壮大な荒々しい山神の役ですので、本格と差別せずに、同等に扱って然るべきだと思います。

(写真5) 
前シテは、身分の卑しい田夫野人であるため、老翁は位低い着流し姿となることに異論はありませんが、問題は、面がやや野卑な人相の「三光尉」と定められている伝承です。
神の化現でないため「小牛尉」を使用しない、と喜多流謡本に明記されていますが、これはどうでしょうか。私は同意出来ません。今の演出では、老翁は神の化現であると考えた方が自然だからです。前シテとシテツレ親子は来序で中入しますが、これは老翁たちが実は山の神であるが如くに観客に想像させますし、演者もそのような気持ちで演じています。


(写真6) 
古くは、前シテとシテツレの親子はそのまま舞台に居残り、別の能役者が後シテの山の神だけを演じていたのではないか、という説もあります。例えば、現在喜多流の『昭君』ですが、古式では前シテと後シテを分ける演出があり、最近観世流の中にはその古い形式を再興しているところもあります。

それはともかく、現行の演出では、シテとシテツレが来序で中入りするので、老翁を神の化現として演じたくなるのは普通で、それならば面は「小牛尉」の方が適当となります。装束も従来の無地熨斗目よりは、格上げした小格子模様の熨斗目の方が似合います。
そこで今回は、『養老』も『高砂』や『弓八幡』と同じように品のある前シテにしたく、前回同様「小牛尉」を使用し、着附は小格子模様の熨斗目を着流しで勤めました。


(写真7) 
伝書には、過去の経緯や心得が書かれていて貴重です。しかしそれを鵜呑みにするのはどうでしょうか、いささか危険であるようにも思えます。
今に生きる能、というものを常に意識して演じる能役者を目指したいと思います。
権威主義的、保守的な考えの方には、目障りだと思われるかもしれませんが、今に似合う、自分に似合う能を、それを受け入れてもらえるような環境作りをして創り上げていきたい。現在に似合う、今を生きる能役者でありたい。また後進たちにも、そうなってほしいと願いも込めて舞った、今年の『翁』付『養老』でした。

写真提供 粟谷明生 撮影 石田 裕

写真巻頭 『養老』前シテ 小牛尉をつけて
写真2  『翁』 翁の舞 地の拍子
写真3  『養老』後シテ 神舞の上羽の型
写真4  『養老』後シテ 神舞二段オロシの型
写真5  『養老』前場 左から ツレ佐藤 陽 太鼓 梶谷英樹 シテ 粟谷明生 
小鼓 横山幸彦 笛 中村俊士 脇 高安勝久
写真6  『養老』前シテ 「影さえ見ゆる山の井の」の型
写真7  『養老』後シテ 仕舞所の型
(平成23年4月16日 厳島神社・御神能にて。  同年4月 記)
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