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《5月の喜多流自主公演のご案内》
日時:5月22日(日)12時開演
場所:喜多能楽堂
演目:『橋弁慶』シテ・内田安信 『湯谷』シテ・高林呻二 『船橋』シテ・粟谷能夫
料金:一般前売自由席6,000円 学生前売2,500円 指定席料2,500円
配役など詳細はこちら:
http://www.kita-noh.com/schedule/koen/852/
番組表がダウンロードできます。
チケット申し込み先
http://atelier19.moo.jp/nohcgi/

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今号は、粟谷能夫が勤めます『船橋』 をご紹介いたします。
能『船橋(ふなばし)』
あらすじ:三熊野の山伏(ワキ)が上野国・佐野の山路に赴くと、里男(シテ)と里女(シテ連)が現れ、橋の建立の勧進を勧める。山伏が橋はいつ頃から出来たか聞くと、万葉集の歌「東路の佐野の船橋取り放し」を引いて答える。山伏は「取り放し」と「鳥は無し」のどちらが本説かを問うと、男は云われを語り始める。昔、川を隔てて住む男女がこの船橋を恋の通路にしていたが、それを快く思わない二親が、橋板をはずしたため、夜這いする二人は川に落ちて三途に沈み果てた。その妄執で地獄の氷に閉じられて浮かぶことも出来ない、と語り、実は我々がその二人であると明かし、山伏に弔いを頼み、姿を消す。
<中入>
山伏が祈祷すると、男女の霊が現れ、男は地獄の苦しみを訴え、懺悔の為に昔通い慣れた船橋を渡り、女に逢いに行く様子を再現して見せる。そして最後に山伏の法力で成仏が出来たことを喜び、再び消え失せる。
(詳しい詞章はここをクリック。※ただし喜多流の謡本に拠っています)


ひと言:
船橋というのは、その名のとおり川に船を浮かべ板で繋いで作った橋です。
このお能では悲しい恋の末路と、後場では執心の鬼となって現れる里男、その成仏を物語の軸としています。この能の根元となっている万葉集の歌(巻第十四・東歌)
《かみつけの さののふなはし とりはなし おやはさくれど わはさかるがへ》は、
親は離そうとするが、私たちは離れない、といった歌です。
詞章を見て頂ければお判りのように、前場で里男(前シテ)は《とりはなし》の説明を《取り放し》のみ語り退場し中入りとなります。そのとき「佐野の船橋鳥は無し、鐘こそ響け夕暮れの・・・」と地謡が情景を謡うばかりです。
では、《鳥は無し》はどうなっているのでしょう。実は中入り中にアイが説明してくれます。
どういうことかというと、二人が川に落ちた後、娘の親は娘の遺体を捜そうとします。
ある人から鶏を船に乗せると、娘の沈んでいるところで鳴くと聞いた親は鶏を捜しますが、どこにも見つからず、それで《鳥は無し》とも云う、ということです。

後場の見どころは、男の幽霊として現れる後シテが、女(ツレ)に逢いに行く様、また橋を踏み外し河に落ち行く様を、カケリと動きの多い型で表現するところです。

また今回は粟谷明生が自主公演初の地頭を勤めます。上州の情景や演者の気持ちを代弁するよう心掛けて謡いたい、意気込んでおります。

能用語紹介コーナー ⇒ ⇒ ⇒
 「カケリ(翔)」
後場でシテはカケリを舞います。但し、これは舞、というよりは、動きといったものです。
カケリは修羅物や狂女物などでよく見るもので、修羅道の苦しみであったり、物狂の心の動揺などを表す短い動きです。
一言にカケリといっても、その曲ごとに様々にニュアンスが違います。
ご覧になる際に、「何か動いてるな」ではなく「どういう描写なのかな」と少しだけ考えていただけると、一層舞台をお楽しみいただけると思います。
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