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ランチタイムに「今日はちょっと静かなお店でゆったり雰囲気を楽しみながら昼食でも…」などと、私に似合わぬ行動をすると事件は起きる。

「えっ何?」と、びっくりするほど大声で話すお客さんに遭遇した。
隣合わせではないのに、まるですぐ隣に居るかのように話の内容もはっきり聞こえる、その馬鹿デカイ声。

柄にも無くわざわざ静かなお店を選ぶと、この様か…と首をうなだれた。
「仕方がない、運が悪かった」と自分自身に言い聞かせるが、なかなか諦められない私、まだまだ未熟だ。

デカ声の張本人は自分の声がお店でどのような影響を及ぼしているのかなどお構いなし、ひたすら喋りまくる。

その相手は頷いているだけ、屹度うるさいな〜と思っているかもしれないが、言わないでいる。私も言えないだろう。

悪いことは続くもので、コーヒーをあまり飲まない私が、珍しくコーヒーを飲もうと、ひょっとマクドナルドに入った。

すると、またまた大きな声が聞こえて来た。
よく通る声で、とても大きく響く声だが、先ほどのオジサンの声とは違う、かわいいものだった。

声を出しているのは女の子、歳の頃は小学生の高学年ぐらいだろうか…。
「この女の子に謡を謡わせたら、きっといいかも…」などと感心してしまった。

しかしその賛美も束の間、その声は止むことを知らず、次第にどんどん大きくなり限界を越えていった。女の子は遂には、お店中を走り回り、声は店内に響き渡った。

女の子の動きは普通でなく、その挙動を見ればだれも注意は出来ない、そんな状況だった。女の子は自分の声をうまく制御出来ないのだろう。脳からの指令がうまく繋がらないようだ。うまく繋がれば太い喉と良い声でよい謡が謡えるのだが‥‥、残念だ。

先ほどのオジサンも、もしかしたら脳からの指令が外れているのかもしれない。

声は制御力というコントロールを失うと雑音になり、人に害を与えるものに変わる。
能の謡も同様、「どのように謡うか?」と脳に尋ねる必要がある。

どのような吟なのか、強吟か和吟か。リズムは小ノリか大ノリか、それとも拍子に合わずなのか、と。

吟とリズムを確認して、声量と声の高さ、謡のスピード、陰か陽か? 息づかいはどのように配分するか? など、いろいろなことを考え、脳が身体に指令し、鼻から空気を吸い込み腹に溜め、徐々に喉を通して口から空気を出して声となる。

能は舞歌二曲から成るが、歌の占める割合は舞よりはるかに大きい。
だから、謡声は大事、考え抜かれた洗練されたものでなければいけないと私は思う。

どのように声を出したら、舞台から客席に伝わるか、観客に心地よく聞こえるか。
心地よいという言葉は適切でないかもしれないが、能に心地よく浸ってもらうための謡だ。
シテ方能楽師というプロならば、そのスキルは獲得しなければいけない。

しかし、若手(喜多流)の謡を聞いているとどうも謡を蔑ろにしているように思える。
それは間違いである。

だれも間違いであることは判っているのかもしれないが、しかし本人も指導者もそれには触れないようにしているのが現状だ。

私は能楽師(喜多流)も正規にボイストレーニングをした方がよいと考えている。
自分がしていないのにおこがましいが、しなくて苦労したから、これからの人にはもっと効率よく正しく習ってほしいと思う。

私は流儀の若手能楽師の何人かに先生を紹介するから、と呼びかけたが、反応は寂しいものだった。

内弟子の佐藤陽と息子・尚生の二人が習いたいと申し出たので、私は先生を紹介し、やるか、やらないかは本人達に委せた。現在もトレーニングを続けているところを見ると彼らはトレーニングの必要性を認めているのだろう。トレーニングしたから直ぐに見違えるようによい声になるということにはならない、とトレーナーからも言われているが、昔に比べて、声に張りが出てきたことは確かで、トレーニングしない人より数段進歩していると思うのだが、私の欲目だろうか。

シテ方の能役者は、まず謡のレベルを上げることが第一だと思う。

これには時間がかかるが、時間をかければかけるほど熟成した謡が生まれると思いたい。
リアリティがあり説得力もあって、心地よく聞こえる、そんな謡が私の理想だ。

今、私を含めて喜多流の能楽師は能という様式美のプロテクターに頼り過ぎているきらいがあるのではないだろうか。

流儀の若手も中年能楽師も一度プロテクターを外して、謡というシンプルな、実はとても複雑なものを再考する時期が来ているのではないかと思う。

それが私の思う本物の能楽師に近づく、時間はかかるが近道のように思えてならない。
もっともっと謡に、声というものに意識を持たなければいけないと、あの昼下がり、オジサンと女の子が大声で私に注意してくれたのかもしれない
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