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四 季
粟谷 能夫

能は神男女狂鬼という括りで分類する事が多いですが、四季、春夏秋冬にても分類されます。春では、『田村』や『湯谷』のように清水寺の花盛りのもとで曲が進行するものや、『弱法師』のようにワキの詞章に「頃は如月時正の日」と二月の出来事としているものもあります。また、詞章の中に季節を特定し得ない、『経政』 『葵上』といった曲もあります。季節に関連して、謡曲の中の詞章により、「月」が特別に扱われる曲もあります。

 粟谷能の会では、できる限り季節に合わせた選曲を心掛け、二番の内容もそれぞれ違った趣向になるように工夫しています。しかし時には、昨年三月公演のように、『白田村』と『融』を選曲し、春と秋の京都の名所教えなど、重なることを承知しながら、敢えて自分たちが演じたい曲を優先したこともありました。

 能楽堂は常緑の松や竹が描かれているだけで、特に季節感はなく、何にでも対応できるようになっているのだと思います。舞台装置も最小限の簡素なものですから、演者に季節を醸し出す風情も必要かと思います。

 さて四季といえば、近頃は、気持ちのいい、春、秋が極端に短く感じられ、暑いか寒いかいずれ両極端の気候になっているように思います。それでも、日本は四方を海に囲まれているためか、四季によりいろいろな食材を得ています。日本人は同じ食材でも、「はしり」「さかり」「なごり」と、その折々の時季をうまく表現しております。

 中でも私は旬の魚介類を好みます。秋から冬、春にかけて、魚介類は一層おいしさを増すように思います。その点、残念ながら肉類には季節をあまり感じられず、少し味気ないのですが、「なごり」にさしかかっている最近の自分の境地から、生きる為に頂く少々の動物性蛋白質なのです。「なごり」を受け入れつつ、気持はまだまだ「さかり」と思い舞台に向かいます。

 本年は粟谷能の会の百回記念として、『伯母捨』と半能『石橋』の番組を企画いたしました。私は『伯母捨』を勤めさせていただきます。季節は秋、月光に照らされた白衣の老女がしずかに懐旧の舞を舞うというものです。舞台に月光が感じられるかが、勝負です。自然の摂理である、月の満ち欠けや、あまねく照らす無邉光。この無邉光は勢至菩薩の異称で、『石橋』に登場する霊獣・獅子は文殊菩薩の使いです。百回公演で、阿弥陀如来・釈迦如来の脇侍登場となり、面白く感じています。演者(人間)として努力を重ね、観る人の心に届く舞台を作り上げたい、と思っています。


『白田村』 シテ 粟谷能夫(平成28 年3月6日 粟谷能の会) 撮影:前島写真店
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